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2012年11月24日 (土)

飛行機で読む松尾邦之助

オーストラリアに向かう飛行機で読んだのは、松尾邦之助著『無頼記者、戦後を撃つ』。松尾邦之助というのは、前にもここで書いたが、戦前のパリで画家の藤田嗣治と並ぶくらい有名だった日本人。彼は1975年に亡くなっているが、この本は未発表の遺稿を後に出版したものだ。

なぜ松尾を追い続けるかというと、溝口健二の『狂恋の女師匠』をパリで公開しようと画策した人だからだ。全く映画関係の人ではないが、戦前に一時帰国した時に溝口に会いに京都に行ったりしている身の軽さが妙に気になっていた。

この本は戦後すぐ書いたものかと思ったが、後半は間違いなく1960年代に書いている。だから前半の1946年にスペインから船で引き上げるあたりが一番おもしろい。

松尾は戦時中に外交官や在外の役人が私財を肥やしていたことを暴く。「在外の日本役人は「ディプロマティック」(外交官用)という特別な旅券を持っていて、越境の時、彼らの荷物は無検査であり、この特権でヤミ外貨や物資など自由に手に入るし、事実、それによってお役人も軍人も、公然と、同時にコッソリ合法的“イカサマ”を演じていた」

また松尾は「進駐軍」という言葉に違和感を抱く。「アメリカ兵は「進駐してきた」のではなく、われわれの国を占領に来たのだ。こうした田舎駅にまで、貼紙や掲示を出して全国民に彼らの「占領」を誇示しているのに、何が「進駐」だ。彼らは堂々たる占領軍なのだ。この日の朝買った新聞には、「終戦後」とか「終戦はわれわれによって」とか書いてあったが、なぜもっと率直に「占領軍」とか「敗戦後」と書かないのか……。日本人の甘い“すりかえ”根性である」

「日本に帰ってから、とにかく至る処に人間が多いことに驚き、そぞろ恐ろしくなった。日本人が知能犯的になり、羨望的のぞき症者になり、テキヤ風になり、サルのようにボスに頼って、小集団で争い合い、油断の出来ない嘘つきになり、つねにハッタリを利かせているのも、結局人口過剰による生存競争がもたらしたものである」

役人のインチキも、マスコミも含めた自己欺瞞も、情けない生存競争も、すべて今の日本に通じる気がして暗い気分になった。ちょうど現在、土地が余ってしょうがないようなオーストラリアの広大な風景の中にいるので、身に染みる。

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