『奇貨』の世界のまっとうさ
数年に一冊しか書かないが、新著が出ると必ず買ってしまう女性作家が、私には2人いる。1人は水村美苗で、もう1人は松浦理英子。松浦の新作『奇貨』が5年ぶりに出たというので読んだ。
45歳の貧乏小説家本田は、10歳下の元会社の後輩でレズビアンの七島と共同生活を始める。本田は友人がおらず女性といる方が楽しいが、性的欲望はなくなって久しい。本田は七島が女性との間に繰り広げる物語に異様に興味を示し、ついには電話の盗聴に至る。
七島の女同士のおしゃべりもすごいが、それを聞くのが楽しくてしょうがない本田も相当に変わっている。それでも私はこの小説を読みながら、妙に「わかる、わかる」と頷いていた。いわゆる「草食系」の男性が中年になって陥りそうな罠が、何ともユーモラスに描かれている。
自分は肉食系だと思うし、まだまだ性欲はある(と思う)が、女性たちと話をするのが大好きだ。あるいは女性たち同士の話を聞くのは何とも気持ちがいい。そして社蓄の愚かな中年男たちの大半は大嫌いだ。だからこの小説のように、異性愛でも同性愛でもない不思議な境地は、何だかよくわかる。
盗聴を七島に見つかった本田が開き直ってこう言う。「年齢を重ねるにつれて人間がこなれてゆくなんて嘘だ、まわりを見渡しても寛大な人はごく若い頃から寛大だったし、昔甘ったれてた人間は年を取っても気を弛めるとすぐに甘えが覗くし、嘘つきは子供のころから嘘つきだって」。その通りだとこの年になって思う。この小説の描く世界は極めてまっとうだ。
この小説は中編で、もう1つ、1985年に書いた『変態月』が収録されている。これは女子高生が同性を好きになる青春小説だが、変態の度合いと微妙さが最新作と変わっていないことに驚く。
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