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2012年12月 5日 (水)

『駆ける少年』の25年

イラン出身のアミール・ナデリ監督が日本で撮った『CUT』を見た時、その映画愛に圧倒されながらも違和感があった。昔のナデリはもっと良かった、という思いがあった。昔とは、『駆ける少年』(85)や『水、風、砂』(89)のことだ。

そこで12月22日から劇場公開される『駆ける少年』を再見した。87年の東京国際映画祭で見て以来だから、25年ぶりだ。まずほとんどのシーンを覚えていなかったことに愕然とした。

また、『カット』と同じようなスピリットが感じられたこともおもしろかった。正しいと思ったら全身全霊で打ち込む主人公の生き方は、かなり近い。打ち込み過ぎて周囲とずれてきて、ほとんど宗教に近づいてゆく過程も含めて。

『駆ける少年』の主人公は、小さな港町の廃船で1人で暮らしている。友人たちと海辺で空き瓶拾いをしても友人に負けまいと喧嘩をし、氷水の代金をごまかす客を最後まで追いかけ、靴磨きをしていてライターを盗んだという疑惑をかけた白人を執拗に追い回す。そのたびごとに走る、走る。

少年が走るのは、何もない港町だ。船の汽笛が鳴り、石油を運ぶトラックの騒音が響き、飛行機の騒音もひどい。港町には船員向けの小さな売店があり、さまざまな雑誌が並んでいる。つまり究極の無一文の少年の前に、資本主義の残骸がむき出しになっている。

そこで少年が悟ったのは、「ペルシャ語も読めない」ということだった。そこで学校に行き、なんとか夜のクラスにもぐりこむ。そこでもなぜか少年は全力で走りながら、叫びながら文字を覚えてゆく。少年の夢と西洋文明が最小限の要素で激しくぶつかり合う迫力に、今回もたじたじになった。

ところで、25年前にこの映画に感動した私は映画評を書いた。ちょうど少し前に書いたジャック・ロジエ論が『リュミエール』に載って調子に乗っていた頃だ。そしてその文章を今はなき月刊『イメージ・フォーラム』に送った。しばらくして編集部から「劇場公開の予定がないので難しい」という電話をもらい、「原稿は処分してください」と自分で言った記憶がある。今になってコピーを取っておけばよかったと思う。もちろん手書きで原稿用紙に書いたものだった。働き始めたばかりの25年前の私は、どんなことを書いていたのだろうか。

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