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2012年12月16日 (日)

久しぶりの映画祭の裏方

昨日から、久しぶりに映画祭の裏方をやっている。教えている大学で学生と一緒に企画する「新・女性映画祭 こんなふうに私も生きたい」が昨日から、オーディトリウム渋谷で始まったからだ。

劇場のスタッフでなければ、こうした映画祭の主催者は、始まってしまえば基本的にすることはない。アンケートを配ったり、列を整理したり、お礼を述べたりするくらいだ。それも映画の上映中は何もすることがないので、結局、映画を見る。

もちろん作品を選ぶ前に見ているわけだが、もう1度、あるいは2度、大きなスクリーンで見る。そうするとその映画は自分の体の一部になってゆく感じだ。トークの打ち合わせなどがある時は冒頭だけとか一部を見るが、それもまたいい。

私は1992年のレンフィルム祭から2007年のドイツ映画祭まで、15年ほど映画祭をやってきた。その間、ジョルジュ・メリエス、ジャン・ルノワール、ハワード・ホークス、ルキノ・ヴィスコンティ、カール・ドライヤー、ドイツ時代のラングとムルナウなどの全作品上映をやったおかげで、それらの監督の作品は隅々まで記憶している。一場面やセリフの一部が、今でも突然蘇る。

今回は、アリス・ギイの作品が自分の血肉になりそうだ。初期のリュミエールやメリエスを真似た映像から、歌手たちを撮ったトーキー映画。本当にキリストの時代に撮ったかと思わせる、原初的な力に溢れる『キリストの生涯』(1906)。

その後の3本は、女性らしさに溢れるアリス・ギイならではのコメディだ。『マダムの欲望』(06)は、子供からもお菓子を取り上げるような妊婦の異常な食欲をユーモアたっぷりに描く。赤ちゃんのお守りをしながら、妊婦の妻の行動におろおろする夫もいい。

『粘着女』(06)は郵便局で女中の身に起こる珍事を描いた喜劇で、『フェミニズムの結果』(07)は女性が威張って男性を支配する社会の結末を描く集団劇。どれも現代でも通用するような抜群の洞察力とユーモアを備えている。

やはり大きなスクリーンで見ると、映像や音声の細部でDVDでは気づかなかった発見がいくつもある。

さて今日は選挙。映画祭でも投票に行く。今晩、結果は見たくないなあ。

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