レッド・アロー号を知っていますか
レッド・アロー号と言われてピンとくる人は、たぶん西武新宿線か池袋線に住んだか通ったことのある人だと思う。これはこの2つの線の特急の名前のことだ。原武史の新著『レッドアローとスターハウス』は、この西武線から日本の戦後史を語った異色の本だ。
彼のたぶん『滝山コミューン』(名著!)で、モスクワ―サンクトペテルブルグ間に「クラースナヤ・プローシシャチ」という夜行列車があり、直訳すると「赤い矢」すなわち「レッド・アロー」であることが書かれていた。原の推察は、これは元共産党員で後に西武百貨店を率い、小説家でもある堤清二=辻井喬が名づけたものではないかというものだった。
西武線は、清二の父、堤康次郎が1927年に開通した西武鉄道(現・西武新宿線)と1915年に開通して後に康次郎に買い取られた武蔵野鉄道(現・西武池袋線)の2つからなる。
康次郎は徹底した親米・反ソ派だったが、実は西武線沿線はひばりが丘団地や滝山団地などが、文化人や社会党員、共産党員が数多く住み、戦後の地域住民運動の中心だった。この皮肉な歴史を、この本は綿密な調査で追いかける。住民たちが西武資本に対して反乱し、バスを走らせたり運賃値上げを阻止したりするさまが活写されている。
そしてそれらの4階建ての賃貸団地が(その典型はこの本の題名である星形の「スターハウス」)、康次郎が憧れたアメリカ型の住宅からは程遠く、モスクワやワルシャワの郊外の団地にそっくりであり、実際にそれらを参考にして作られた事実を検証する。そして西武線は日本共産党の最大の地盤となる。
著者自身がこの滝山団地に小さい頃に住んでいて、この本は自分が生きてきた空間を歴史的に洗い直す作業でもある。私自身はかつて西武新宿線に住んだことがあり、今は勤務先の大学に通うために週に一度は「レッド・アロー号」に乗る。
この本では後半に「赤い矢」の推察を直接堤清二に聞く場面がある。結果は「ノー」で、別の調査からスイスの登山列車の名前から取ったことがわかる。
こうした通常の戦後史には出てこない、そこに生きてきた住民の歴史は何ともスリリングだ。こうしたことが日本映画史でもできないだろうか。映画館の歴史、配給会社や上映団体の歴史などいくつもできそうだ。
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