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2013年1月 9日 (水)

アカデミックな映画

フランス語で「アカデミック」 academique と言われたら、悪い意味の場合が多い。とりわけアートや映画について語る場合は間違いない。「アカデミック」はもちろん「アカデミー的」ということだが、フランスでは「アカデミー」とはまず、「アカデミー・フランセーズ」のことだ。

すなわち大文学者が集い、フランス語について論じ、新語を決め、辞書を編纂するところで、フランスにおいては権威そのもの。だから「あの映画はアカデミック」と言われると、「もったいぶった」「気取った」「型にはまった」というような意味になる。

アカデミックについて書いたのは、4月公開のデンマーク映画『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』を見たからだ。これがいい意味でも悪い意味でも、「アカデミック」な映画だった。

日本語で「アカデミック」といえば、「学究肌の」「史実に基づいた」「まじめに研究した」というような意味が多い。この映画は18世紀後半のデンマークの王室で起こった一連の事件について、まさに史実に基づいて正面から描いた史劇だった。

周囲から頭がおかしいと思われている国王に侍医が取り入り、王妃と関係を結び、国を自由に操る。それは従来の貴族の特権をなくし、身分差別をなくそうというものだったが、そこに皇太后を代表とする反対勢力が立ちふさがる。まさに権謀術策のドラマだ。

語り方も、撮影もすべて過不足なく、事実を追ってゆく。国王はキチガイを演じていたが、実は聡明だったのに敢えて演技をしていたというような場面はもっと工夫して見せればおもしろいのだが、そうした映画的楽しみは封じられている。

だから退屈と言えないこともないが、そのなかで侍医役のマッツ・ミケルセンが、一人で映画的な存在として輝く。王妃を愛し、国を改めようと必死で頑張っているのだが、本当のところ何を考えているのかわからない。最後に至るまで、その虚無的な表情が画面を圧倒する。

ベルリン国際映画祭の脚本賞と男優賞を取ったらしいが、たぶんフランス人映画批評家は「アカデミック」と言っただろうな。ところで、アカデミーといえば映画のオスカーを思い浮かべるアメリカでは、「アカデミック」はどういうイメージなのだろうか。

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