アナーキーを突き進む大森立嗣
3月16日公開の大森立嗣の新作『ぼっちゃん』を見て驚いた。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』の若者三人組の痛々しい旅から、『まほろ駅前多田便利軒』に至ってずいぶん美的に洗練されてきたと思ったら、今回はそれを敢えてぶち壊しにしている。
たぶんデジタルで撮影されていることが大きいのだろう。これまでの、周囲に漂う空気を掬い取っていたようなフィルム特有の濃密さを捨てて、ひたすら登場人物に密着し、醜い生の姿を暴き出す。
そもそも、「秋葉原殺傷事件」をテーマにした映画だと聞いて、全く別のものを想像していた。ネットに生きるオタクな少年が、寂しい日々を送るうちにある時爆発する、そんなことを考えていた。ところが映画は相当違う。見ているうちに、秋葉原の事件はどこかに行ってしまうくらいだ。
ブサイクで彼女も友達がいない20代後半の男が、地方都市の工場で働きはじめる。そこで出会う同じような男と友人になったり、イケメンの男にいじめられたり。
主人公の梶を演じる水澤伸吾の爆発ぶりがすごい。突然叫びだしたり、悶えたり。そこにアナーキーなジャズがかぶさり、「私よりシアワセな人、すべて殺せば幸せになります」といった字幕がいきなり大きな文字で挿入される。あるいは突然アニメで動物の話がはじまったりする。
同じように不器用な同僚の田中(宇野翔平)と仲良くなるが、一緒に遠足に行くと田中が弁当を作ってきて妙な感じだし、イケメンの同僚・岡田(渕上泰史)は、実は若い女を次々に襲って殺しているようで、梶はその手伝いをさせられる。物語が進むごとにどんどんタガが外れ、リアリティはどこかに吹っ飛んでしまう。
物語は最後に秋葉原に戻る。とんでもない悪夢のような日々が終わったようで、むしろ安堵した。大森立嗣監督は秋葉原事件を想像でなぞるのではなく、その根源にある現代日本の問題を突き詰めて、とことんリアルであるが故に夢のような世界を作り上げた。この監督からは目が離せない。
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