ハネケの計算
ミヒャエル・ハネケという監督は、いつも謎めいた映画を作る。『ピアニスト』(01)の中年女性ピアニストの倒錯的な愛も、『隠された記憶』(05)のブルジョア家庭に届くテープに始まるミステリーも、『白いリボン』(09)の白黒で描かれたドイツの田舎町の連続殺人も。
ある意味では、思わせぶりたっぷりで、その裏にある緻密な計算のようなものが、私はどこか苦手だった。3月9日公開の『愛、アムール』は何と80歳を越したエマニュエル・リヴァとジャン=ルイ・トランティニャンを主人公にしたというから、どんな謎があるかのかと思った。そのうえ私は、2008年末にエマニュエル・リヴァが来日した時に何度も会ったので、大丈夫かなという思いもあった。
今回は、ある意味で謎はない。最初に死体になって異臭を放つエマニュエル・リヴァのもとに警察が来るシーンから始まる。そして彼女がトランティニャンと楽しそうにコンサート会場にいるシーンがつながり、この2人があの結末に向かっていく映画だろうと、最初にわかってしまう。
映画はその想像通りに進むが、それでもスリル満点だ。最初のコンサートのシーンでは、彼ら夫婦はどこにいるのかわからないくらい小さくしか写らないし、音楽を楽しめるかと思いきや、画面はバスの2人を写す。この映画はそんなふうに、音楽に浸りそうなシーンをブツブツ途中で切る。家を訪ねてきた愛弟子の弾く「バガテル」も、夫が弾くバッハの「我汝を呼ぶ、主イエス・キリストよ」(『惑星ソラリス』!)にしても。
そして翌朝、妻が一瞬気を失うシーンに始まって、小さな驚きは続く。いつの間にか妻の手術は終わっていて、暗い部屋に戻った時に、妻は言う。「二度と病院に戻さないで」。夫が横たわる妻の白い足を挙げて運動をさせるさまにも、トイレの後に下着をつけるのを手伝う様子にもいちいち驚く。あるいは食事中に突然アルバムを見たいという妻に、夫と共に観客は不審に思う。
愛弟子はかつての先生の変わりように驚き、娘(イザベル・ユペール)も母の容態にびっくりし、父親のおだやかな対応に怒りだす。妻が介護士におしめをつけてもらったり、シャワーを浴びさせているさまに、夫は目を剥くが、見る者はさらに驚愕する。
観客は妻を取り巻く人物たちと共に、その最期に向かう過程を微細に「見る」。そして驚く。死へ向かう老女とそれを優しく見守る夫の変化を細部にわたって淡々と写すことを、まるでサスペンスであるかのように仕立てた、類いまれな作品だ。その意味でハネケの計算は健在だった。「アムール」(原題もAmour)という題名も含めて。
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