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2013年1月11日 (金)

神山明さんの微苦笑

私はなぜか、2歳から10歳くらい年上で親しくさせてもらっている方々が多い。みんな尊敬している方々なので、友人というのはちょっと烏滸がましい。そんな一人の8つ上の彫刻家の神山明さんが、年末に急逝された。今朝の朝日新聞に載っていた。

神山さんとのお付き合いは、1989年に遡る。当時国際交流基金に勤めていた私は、酒井忠康氏をコミッショナーとしたサンパウロ・ビエンナーレの日本代表の神山さん、舟越桂さん、若江漢字さんと共にブラジルに行った。みなさんとはそれをきっかけに親しくさせてもらっているが、とりわけ神山さんとは滞在中に一緒に映画(ドワイヨンの『15歳の娘』!)を見に行くほど波長が合った。

私は勤め始めて3年目のことで、もちろん20代。神山さんの木を使った空想上の建築のような彫刻作品は、素人同然の私にもわかりやすく、会話が弾んだ。

それからは家族ぐるみで台湾旅行をしたり、食事をしたり。島田画廊、西村画廊、コバヤシ画廊、ギャルリー・ユマニテなどで開かれた個展は、すべてではないがなるだけ足を運び、その後食事をした。パリでも2度会ったし、リヨン・ビエンナーレを一緒に見に行ったこともあった。

三日月やマストをあしらった80年代の子供の隠れ家のような作品から、少しずつ変化する。住めない家、使えないテーブル、遊べない遊び道具のようなものが次々と現れた。一見西洋的でありながら、日本的でもあった。

パートナーの浜田真理さんとの合作も川崎で見た。紙を使う浜田さんの赤い絵が、神山さんの彫刻に嵌め込まれていた、いつもよりポジティブな明るい作品だった。

2000年代の後半から、突然真っ白の人型のような造形が出てきて驚いた。次はそれが倒れて、いくつもの棺桶のような物体が並ぶ作品もあった。結果的に最後の個展となったギャリリー・ユマニテの展示を見て、丸ビルのフランス料理店で食事したのが、2010年。それから翌年、フランスの共通の友人夫妻が来日した時に食事をしたのが最後だった。心臓疾患というが、美食家だったのがよくなかったか。

考えてみたら、4年ほど前に大学で教えないかという話があった時に、一番に相談したのは、神山さんご夫妻だった。言われた通りに教師になって良かったと、今にして思う。

実は朝日新聞に訃報を知らせたのは私だが、神山さんは「また古賀さん、勝手なことをして」と例の悪戯っぽい微苦笑を浮かべていることだろう。

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