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2013年1月20日 (日)

「アジア太平洋映画祭」はアメリカの陰謀か

昨年末にある映画プロデューサーと食事をしていたら、作った作品が「アジア太平洋映画祭」に選ばれたので、急にマカオに行かなければならないと言う。この映画祭、知っているかと聞かれたので、それは昔からアジア各国の映連が集まってやっているものでしょう、と答えた。

ところで先日、とある研究会でこの映画祭が話題になった。できたのは1954年。大映の永田雅一社長が、前年に東南アジア6カ国を回り、「東南アジア映画製作者連盟」を作って、翌年に東京で「第1回東南アジア映画祭」を開いた。それが「アジア映画祭」となり、「アジア太平洋映画祭」となって、何と今日に至るまで各地で毎年開かれている。

1950年代から60年代にかけては東京で何度も開かれていて、朝日や毎日が5、6回連載している。岸総理時代には、総理官邸でのレセプションまで開かれている。ところが最近は、85年の第1回東京国際映画祭の時に同時開催されたのが、東京では最後。福岡では93年と04年にアジア映画祭の時に開催された。

長年各国の映連が推薦する映画を上映して賞を出すわけで、おもしろいわけがない。とりわけ日本の70年代以降は、映連加盟の大手はガタガタだ。そのうえ、永田の時代から「コミュニストは入れない」という方針で、中国は今に至るまで参加していない。

以上は石坂健二氏の情報。これに対してアメリカのカンザス大学映画・メディア学科准教授、マイケル・バスケット氏の発表が興味深かった。米国映画協会や米国映画輸出協会の会長エリック・ジョンストンが、1954年から59年の間にアイゼンハワー大統領の命により3回来日し、反共の砦として「東南アジア映画祭」を応援していたふしがあるという。

ジョンストンの映画関係者との面会は少なく、当時の鳩山総理を始めとして、閣僚や財界人と会っている。その時に発表された「ジョンストン・プラン」は映画についてではなく、日本が東南アジアの盟主として経済発展を進めるために米国が支援するというものだ。

つまり「東南アジア映画祭」は、冷戦時代にアジアが共産化しないためにアメリカの(見えない)主導によって作られたと考えるのが妥当だろう。

永田雅一は1949年に映画人として初めて渡米しているが、その時に相当吹き込まれていたに違いない。ここでも書いた有馬哲夫著の『日本テレビとCIA』には、読売の正力松太郎が、日本テレビ開設と原発推進をCIAによって仕組まれた様子がCIAのファイルを駆使して描かれていた。永田は映画で正力の役割を担わされたのではないか。

ところで石坂氏によれば「アジア太平洋映画祭」は、最近初めて事務局が台湾にできて、映連経由でなく作品を選ぶシステムができたらしい。これは対中国政策として、米国が台湾を支援しているのだろうか。

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