他人事ではない映画『偽りなき者』
年を取ると人生経験が増えるので、映画を見て身につまされることが多くなる。だがこの映画は、見ていてとても他人事ではない気がして、本当にドキドキした。3月公開のデンマーク映画、トマス・ヴィンターベア監督の『偽りなき者』のことだ。
この監督は『光のほうへ』を見て、兄弟のつらい人生を克明に描く演出に驚いたが、今度も冤罪をかけられた男が必死に耐えて生きる姿を映し出す。
他人事ではないのは、マッツ・ミケルセン演じる主人公のルーカスが幼稚園の先生で、彼に性的ないたずらをされたと嘘をつく女の子クララの話がどんどん大きくなって大事件になることだ。私は幼稚園ではなく大学の教師だが、大学生も平気で嘘をつく。
ありとあらゆる欠席の理由を作りだし、みんなの前で批判されたり単位が取れなかったりすると逆恨みして、奇想天外な行動に出る。これは会社員時代には経験のなかったことで、学生に対する言動には、本当に注意が必要だ。何の根拠も証拠もなくても、学生が正式に抗議すれば、しばらくは大騒ぎに巻き込まれる。
映画では幼稚園はこの事件を警察に通報し、周囲はルーカスを犯罪人扱いする。これが冒頭の10分くらいで、この映画のうまいところは、その後のルーカスのつらい日々に迫力満点の事件を次々と繰り出して、全く退屈させないところだ。
息子はスーパーで「おまえには売らない」と言われて追い出され、さらにクララの家に行って殴られる。逮捕されたルーカスはすぐに釈放されるが、家で息子と静かなな時間を過ごしていると、窓に投石される。そしてクリスマス・イブのスーパーや教会での事件。こんな具合に暴力的でショッキングな事件が追い打ちをかけるように起きて、見ていてどんどんつらくなる。
映画ではルーカスが警察で釈放された経緯も、それから周囲と和解してゆく過程も説明しない。最初に小さな言葉の独り歩きがあり、それが肉体的な暴力の連鎖を生む。そしてラストにほっとする結末と大きな謎かけが待っている。その脚本と演出の巧みさに舌を巻いた。
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