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2013年2月16日 (土)

戦後の合作映画は珍品揃いか:(2)『蝶々夫人』

1950年代半ばから増える合作には珍品が多い。ここで前に書いた溝口健二の『楊貴妃』が香港との合作で作られた前年の1954年、イタリアとの合作で作られた『蝶々夫人』を見る機会があった。DVDやVHSにもなっていない貴重な作品だ。

こちらは『楊貴妃』と違って、監督はイタリアのカルミネ・ガローネ。製作はリゾッリ社、東宝、ガローネ・プロで、実際のイニシアチブは、東和の川喜多長政だった。

川喜多は、海外でオペラの『蝶々夫人』を見るたびに、日本の描写があまりにもいい加減で腹が立っていたので、一度日本人も加わったオペラ映画を作る必要があると思っていた、という話を「私の履歴書」などに書いている。

確かに今の日本人が見ても、着物や家の中、庭など奇妙なところはない。私はてっきり日本の撮影所で監督やカメラマンを招いて撮影したのかと思ったが、終わりのクレジットでローマのチネチッタで撮影されたと知って驚いた。

聞くところによると、日本から畳や家具など船で送って、日本人が現地で組み立てたという。蝶々夫人役の八千草薫は、撮影時23歳で瑞々しい魅力を発散させている。そのほか宝塚歌劇団や美術スタッフなど総勢30人余りがチネチッタで2カ月を過ごしたらしい。そういえばクレジットにローマ留学中の増村保造の名前もあった。

カルミネ・ガローネ監督は、史劇やオペラ映画で知られる当時の重鎮だが、この映画の演出はお世辞にも成功したとは言い難い。カメラはクロード・ルノワール。広い庭や廊下を使った長回しがいささか魅力的であるが、全体に平板。大勢の日本人スタッフに囲まれて、自由な撮影ができなかったのだろうか。

キャストも八千草薫やスズキ役(田中路子)はいいが、子供やピンカートン夫人は全くイメージが違うと思う。

考えてみたら、そもそもこのオペラ自体が平板で、西洋中心のご都合主義なので、日本の部分を忠実に作られると、かえってアラが目立つ。そういえば、オペラの始まる前に「Nagasaki 1900」として、2人の出会いを描くイントロダクションが10分ほどあったが、これも今思うとない方が良かったかもしれない。

ちなみにこの映画は日本ではそこそこ当たったが、イタリアではベネチア国際映画祭には出たものの、ほとんど話題にならず、興行もさえなかったらしい。合作は難しい。

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