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2013年2月11日 (月)

『テッド』に大笑いするも

とにかく当たっているというので、『テッド』を見に行った。日曜16時の回で、有楽座が満員。観客はほぼ全員自分より若い。こんなことは最近滅多にない。

映画は、テディベアのぬいぐるみが、8歳の少年ジョンの必死の祈りで何と命が宿り話すようになって、それから27年後の現在という設定。少年はテディから離れられないままに35歳になり、恋人はいるが、テディと遊ぶのが止められない。

おかしいのは、ジョンとテディがとんでもない下品なオヤジになっていることで、とりわけ彼女もいないテディの下ネタはすごい。放屁から脱糞まで何でもありだ。そのうえ『フラッシュ・ゴードン』(80)を始めとして、80年代を中心としたアメリカ映画のネタや俳優の実名が出てきて、言いたい放題。

1980年代からアメリカではPolitical Correctness(PC)が流行りだして、日本にも蔓延しているが(看護婦を看護師という類)、この映画はまさに反PCだらけで、言ってはいけないことを次々に言う。テッドの家の隣が中国人と聞いて「銅鑼は鳴ってないか」と聞くなど序の口。

その反PCぶりは、最近見た映画では『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』に近い。実に面白かったが、その時代を知っている私にも、半分くらいはネタがわからなかった。日本だと郷ひろみをめぐるギャグのようなものか。それでもおかしさは伝わって一人でクスクス笑っていたが、観客の反応は鈍かった。

とりあえずぬいぐるみが話し出すメルヘンタッチで最後はハッピーエンドだし、テディのCGは実によくできているので不満はないだろうが、観客の大半を占める20代はどの程度わかっているのかな、とオジサンは不安になった。大きなお世話か。

字幕はそういう観客を意識して遮二無二日本語にしているのが、極めて不快。ジョンが子供に暴力を振るう時に、「ジョーン・クロフォードみたいに」と言うが、字幕では「星一徹みたいに」。確かに今の観客はあの目の大きな女優を知らないだろうが、それでも星一徹はないだろう。そのほか「くまモン」とか「ガチャピン」とか勝手にわかりやすい日本語にしている。

そんな翻案は、自分流に勝手に解釈して良しとする、今の日本の居直りみたいで嫌だ。と思うのもオジサンのひがみか。

ところでこの映画、興収20億円に届くらしいが、日比谷地区では時間によって、有楽座、シャンテ、日劇でやっている。もともとヒットの予定がなかったから空いているところに埋めているのだろうが、東宝は日比谷全体を1つのシネコンとして考えているのかもしれない。映画館はいよいよコンビニに近づいている。

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