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2013年2月 2日 (土)

「具体」の人々

今朝の朝刊に、「具体」の嶋本昭三さんのお別れの会「Shozo-ism」のお知らせが載っていた。数日前に死亡記事を読んで気になっていたが、お別れの会はかつて兵庫近美や芦屋市美に勤めていた河崎さんが実行委員長とのことで、嶋本さん好みの派手なものになるだろう。

「具体」とは、1950年代半ばから関西で始まった前衛美術団体「具体美術協会」のこと。前にここでも書いたと思うが、私は最初の職場の時、その主要メンバーを連れて、欧州の展覧会の展示に行ったことがある。90年12月にローマの国立近代美術館、翌年3月にフランクフルト近郊のダルムシュタット・マチルデンヘーエ美術館。

私はまだ20代で、総勢10人ほどの(元)芸術家の老人集団には手を焼いた。嶋本さんは頭を剃り、いつも明るかった。オープニングの時には、奥さんが絵の前で歌を歌い、息子たちが楽器を弾くというパフォーマンスをやった。亡くなられた元永定正さんは「あれは具体ちゃうやないか」と文句を言っていた。

(元)芸術家と書いたが、元永さんのように現役で絵が売れている方もいた。足で絵を描いていた白髪一雄さんや電球の並ぶ絵ばかり描き続けた田中敦子さんもそうだ。元永さんはさまざまな色の水の入ったビニールを吊るインスタレーションの展示を、奥さまと淡々と続けていた。

白髪さんの最大の関心事は、毎晩の酒だった。ローマ三越から一升瓶が一ダースでホテルに届いた時は、目を剥いたものだ。毎晩、イタリア料理を苦笑いしながら食べて、それからホテルでグループのメンバーだった富士子夫人と晩酌をしていた。私も一度誘われたが、お二人の仲が良すぎてすぐに退出した。

田中さんは夫でかつての具体グループの金山明さんと、いつも苦しそうだった。金山さんはイタリア式の長い晩餐に耐えられず、途中ですっくと立ち上がって「我々夫妻は疲れたので帰りますわ」と言ったこともあった。

大学の教授だったのは嶋本さんと、紙を走って破るパフォーマンスで有名な村上三郎さん。村上さんも奥さんと仲が良かった。ローマからの帰りの飛行機で一緒だった。

ほかにも、吉原治良氏の二男でエレガントだった吉原通雄さんご夫妻。ローマにだけいらした吉田稔郎さんご夫妻。考えてみたら、全員夫婦仲のいい方々ばかりだった。そしておおかたもう亡くなられてしまった。山崎つる子さんは妹さんと展示にいらしていたが、お元気だろうか。みなさん、何も知らない若造がご迷惑をおかけしました。

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