« 心に火を灯す映画『ある海辺の詩人』 | トップページ | 羽田澄子監督の強い意志 »

2013年3月28日 (木)

『最後のマイウェイ』に見るもう一つのフランス

初夏公開のフランス映画『最後のマイウェイ』を見た。映画としては大味なコテコテの大作だったが、1960年代から70年代のフランスを考えるうえで、日本では知られていない興味深い要素が詰まっていた。

一言で言うと、かつてフランスの若者に一番の人気を誇ったポップス歌手、クロード・フランソワの生涯をたどる伝記映画だ。その意味では、『エディット・ピアフ~愛の賛歌』に近い。違うのは、ピアフは日本でも有名だが、こちらは全く知られていないということだ。

日本ではフランスの歌手と言えば、いわゆるシャンソンになる。ピアフからイヴ・モンタン、ジルベール・べコー、ジュリエット・グレコ、ジョルジュ・ムスタキ、レオ・フェレなどなら私でも知っている。

ところがポップス系やロック系は知られていない。同じくらい有名で今も活躍しているジョニー・アリディもそうだが、彼らのイメージはたぶん当時の日本がフランスに求めていたのとは違ったということだろう。唯一の例外はミシェル・ポルナレフか。

もっと興味深いのはフランク・シナトラの歌で有名で、カラオケでオヤジがよく歌う「マイ・ウェイ」を最初に歌ったのが、クロード・フランソワだということだ。フランスの曲に自分で歌詞をつけて「コム・ダビテュード」Comme d'habitude(いつものように)の題で歌い、フランスで大ヒットした。この曲を聴いたポール・アンカが英語の「マイ・ウェイ」という歌詞にし、シナトラが録音して有名になったらしい。

「マイ・ウェイ」の歌詞は「オレはこう生きてきた」というオヤジの自慢みたいな内容だが、「コム・ダビチュード」は女性に逃げられた男性の悲しさを歌っているのもフランスらしい。「私はいつものように、朝起きて珈琲を飲む」といった具合に、いつもと変わらないが君の心は去ってしまったと一人で嘆く歌なのだ。

フランスにも追っかけファンがいたこともこの映画で知った。舞台の最前列で踊りだし、舞台に駆け上がり泣き出すファンの姿は、60年代後半の日本のグループ・サウンズみたいだ。オックスの赤松愛の失神とか思い出した。あれはビートルズに火をつけられた世界的現象だったのだろうか。

そのほか、クロード・フランソワがヒットしたのは黒人音楽を取り入れたからで、それは彼がエジプト生まれだったことが大きいのだろうかと考えた。父親はスエズ運河に勤めていたが、フランスはそこで大きな権益を持っていた等々、まだまだ書くことは多いが、また後日。

|

« 心に火を灯す映画『ある海辺の詩人』 | トップページ | 羽田澄子監督の強い意志 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/57048538

この記事へのトラックバック一覧です: 『最後のマイウェイ』に見るもう一つのフランス:

« 心に火を灯す映画『ある海辺の詩人』 | トップページ | 羽田澄子監督の強い意志 »