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2013年3月29日 (金)

羽田澄子監督の強い意志

羽田澄子のドキュメンタリーは、一見何の変哲もない。小川伸介や土本典昭のように、困難な状況に遮二無二ささくり込んで撮ったものではない。落ち着いた監督本人のナレーションとともに、対象が淡々と写されてゆく。ところが、見終わるとジンと来る。

6月1日公開の『そしてAKIKOは…~あるダンサーの肖像』もそんな映画だった。これには1985年の『AKIKO~あるダンサーの肖像』という前作があるが、私は見ていなかった。そもそもアキコ・カンダというダンサーについては、得意の「名前は聞いたことがあるが」という程度。

映画は、アキコの最後の一年弱を追う。2010年11月の公演に招待された羽田は、病気で行けない夫の提案で映像に収めることを思い立つ。アキコはその直後に入院する。羽田は病院に通い、X線治療で丸坊主になったアキコを撮る。

映画はアキコのこれまでの歩みもその舞台の映像と共に見せる。1956年に20歳でニューヨークに旅立って、マーサ・グラハムのもとで6年間学ぶ。帰国後の舞台の数々。観世栄夫と組んで能にあわせて踊った舞台もあった。

そして2011年9月の公演に向けての練習や日常の日々。再び入院して本番には病院からタクシーで通う。公演の13日後に死去。

個人的には、アキコの舞台は古い時代の前衛という感じがして、あまり興味が持てなかった。しかし彼女のダンスへの思いがその仕草や言葉の一つ一つに現れていて、胸を打つ。さらに羽田の朴訥としたナレーションや杖を突きながらゆっくり歩く姿が、全体を優しさで包む。

アキコは75歳で亡くなったが、その時羽田は85歳。老々介護ではないが、老いた女性芸術家の最期をさらに老いたもう一人の女性芸術家が撮るという、「老々映画」と言えるかもしれない。かつて老人ホームの老人たちや80代後半の仁左衛門を撮った羽田が、自らその年齢に達しても撮り続ける。彼女の小さな体に秘めた強い意志が、この映画を貫いている。

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