『何者』で就活の闇を覗く
80年代後半、バブルに向かう頃に楽に就職できた自分にとって、今の「就活」はわからない。4年前から大学で教えるまでは、ESがエントリーシートを意味することさえ知らなかった。今度直木賞を取った朝井リュウの『何者』が就活をテーマにしていると聞いて、読まずにはいられなかった。
主人公の拓人は演劇に情熱を注ぐ3年生で、バンドをやる光太郎とルームシェアしている。秋になって最後の公演が終わった頃、光太郎の元彼女の瑞月(みつき)が留学から帰国する。同じアパートには同級生の理香と隆良が同棲している。
物語はこの4人の就活を中心に進み、みんなが書きこむツイッターが挟み込まれる。会社説明会でバッタリ会ったり、別のアカウントを発見したりと化かし合いのような就活が進む。そのコミュニケーション具合が昨日書いた『ウィ・アンド・アイ』にちょっと似ているが、こちらはもっと恐ろしい。
留学経験とか、インターンを売り物にしたり、現代美術館でのバイトをしながら斜に構えたり。拓人はそんな友人たちをバカにしながらも、何となく就活をする。
驚くべきは、後半に2度ビックリがあることだ。最初は瑞月がスノッブな態度の隆良に向かって、突然本音をぶつけてしまうシーン。もう一つは、もっとも冴えないように見えた理香が反撃をするシーン。こちらは何と読者まで巻き込んで、小説全体を沈没させてしまう。
その時、主人公自身の立場が反転する。そして就活は続いてゆくのだから、何とも恐ろしい。
以下は気になった表現。
「ほんとうにたいせつなことは、ツイッターにもフェイスブックにもメールにも、どこにも書かない。……だけど、そういうところで見せている顔というのは常に存在しているように感じるから、いつしか現実の顔とのギャップが生まれていってしまう」。このブログだってそういうところがあると、ふと思った。
「就職活動で怖いのは、そこだと思う。確固たるものさしがない。ミスが見えないから、その理由がわからない。自分がいま、集団の中でどのくらいの位置にいるのかわからない。面接が進んでいく中で人数が減ってゆき、自分の順位が炙りだされそうになったところで、また振り出しに戻ってしまう」。
就活の闇を覗いた気がした。作者は1989年生まれ。まさに「何者」だ。
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