田中角栄の「熱さ」
先日ここで韓国人が書いた『涙と花札』について触れた時、著者の生き方の「熱さ」を語った。そんな生き方をする人はもう今の日本にはいない、と思っていたが、早野透著の新書『田中角栄』を読んで、この人だと思った。
副題は「戦後日本の悲しき自画像」。帯には「戦後民主主義の中から生まれ、民衆の情を揺さぶり続けた男の栄光と挫折」。まさにその通り、読みながら、情を揺さぶられた。
著者は「朝日新聞」の元政治記者。いわゆる番記者で、角栄のそばを朝から晩までついて回り、その発言をメモして政局を語った人だ。だからこの本は、彼が角栄の生い立ちから土建屋になり、政治家になってゆく過程を後からの取材で構築した前半よりも、角栄を始めとして福田や中曽根など本人たちから聞いた、生の声の部分がおもしろい。
例えば、筆者が角栄にとっての「女性」を聞いた時、「角栄はしみじみとして「男にとって女は砥石だ」と語った。男とは「女の苦労」によって、精魂をすり減らしつつ人間が磨かれてゆくことかと、角栄の思いを受け止めた」。
とんでみないマッチョな考えだが、それでも何となくわかる。角栄といえば、神楽坂の芸者を愛人に持ち、越前会の金庫番と言われた女性秘書ともできて、それぞれ子供まで作っている。私は妙にそのあたりの話が好きで、芸者の辻和子が書いた『熱情―田中角栄をとりこにした芸者』や、秘書の佐藤昭子著『私の田中角栄日記』に始まって、それぞれの子供が書いた本まで実は読んでいる。だから、わかる。
角栄は政治家としての自分の勢力を増すために制度を変えてゆく。筆者が小泉元首相が首相になる前に「構造改革」とは何か、と聞くと、小泉は答える。「構造ってのは、田中角栄がつくった政治構造のことだよ。郵政だって道路だって百年の体制がある。それを田中角栄が利益を吸い上げる仕組みに仕上げた。医療年金制度だって田中角栄が作った仕組みだ」。
そうして角栄は総理になるが、わずか2年5カ月で去ってゆく。金脈問題に続いて、ロッキード事件。それでも地元は角栄を当選させ続ける。「政治は生活です。みなさんの生活をよくすることです」「ロッキード事件、いっさい関係ありません。みなさんがどこから耕運機を買おうと総理大臣には関係ありません。同じように飛行機も総理大臣と関係ありません。そうでしょ、みなさん」
いわゆる「角福戦争」とか「三木おろし」とか「田中曾根内閣」とか懐かしい言葉で、政局(政治ではなく)を追っているうちに、あっという間に読み終えた。
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