« 昔は文学青年だった | トップページ | 85歳のジャンヌ・モローを見て »

2013年4月22日 (月)

『舟を編む』に嬉しくなる

石井裕也監督の『舟を編む』を丸の内ピカデリーで見た。2週目の日曜だが、意外に入っている。世代的にも相当広いが、全体に落ち着いた客層で気持ちがいい。それよりも映画そのものに嬉しくなった。

一言で言うと、編集者が辞書を作る話。何が嬉しいかというと、一つ一つの言葉に定義を与えてゆく作業を、丹念に見せている点。もはや文字への信頼が地に落ちた現在、これほどまでに執拗に言葉への執着を映像で見せてくれたことは、奇跡に近い。

次に、会社員の仕事を通じての成長を描いた点がよかった。松田龍平演じる主人公は、ダメな出版社員の典型だが、これが10年たつと「化ける」。真面目で不器用な若い社員が、数年後に全体を引っ張るような仕事をするようになるのを見てきた私には、それがジンと来た。松田の小さいようで大きな変貌ぶりが心地よい。

松田を取り巻く、オダギリジョーや加藤剛、小林薫、伊佐山ひろ子らの社内の人々もいい。名優たちが抑えた演技で松田を引き立てている。松田の妻となる宮崎あおいはちょっと美人過ぎかもしれないが、それでも例の笑顔を抑えて、凛とした料理人を演じている。彼女を含めて、脇役の仕事の描写が細かいのもいい。

編集、印刷、出版といった仕事をきちんと見せてくれたことも良かった。直前の校正ミスの発覚なんてよくあることで、見ていて昔のことを思い出してひやりとしたし、製紙会社やデザイナーとの打ち合わせまで細かく入れ込んである。宣伝用ポスターまでしっかり作っていた。

そして時間の経過の表現がうまい。例えば加藤剛演じる監修者が亡くなる時、見本刷りを入れた筒を抱えて病院を走る松田を見せた後は、葬儀の日の帰宅の場面に移る。そして食事。あるいは渡辺美佐子演じる下宿のおばさんの死も、写真一枚で見せる。ドラマチックな瞬間をあえて省きながら情感を込める脚本の勝利だ。

1995年から約15年間を見せる美術もいい。とりわけ古い建物の編集部内にいい雰囲気が流れている。居酒屋でさえも、いとおしいような作り。時代がかった下宿もいいが、あそこまで凝る必要があったかは少し疑問。

ここまでホメておいて何だが、全体がスルリとし過ぎている感じもした。少し上の世代の李相日、山下敦弘、沖田修一といった監督たちに比べて、平明でわかりやす過ぎる。それでも前作の『あぜ道のダンディ』に比べたら格段にいい。

|

« 昔は文学青年だった | トップページ | 85歳のジャンヌ・モローを見て »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/57223171

この記事へのトラックバック一覧です: 『舟を編む』に嬉しくなる:

« 昔は文学青年だった | トップページ | 85歳のジャンヌ・モローを見て »