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2013年4月26日 (金)

「プリフィックス」への疑問

今日は、レストランの「プリフィックス」なるものについて、疑問を呈したい。この言葉はたぶん仏語のPrix(値段)と英語の Fixを組み合わせた和製造語だが(あるいはアメリカの造語か)、要するにコース料理のこと。決められた金額でいろいろな料理が食べられるコースということ。これが最近横行し過ぎている。

外食の最大の楽しみは、「選ぶ」ことにある。この店のカツオは抜群だとか、この料理人の牛シチューはクセになるとか、自分なりの好きなものを決めて通うのがおもしろい。

ところが最近の「プリフィックス」は、「おまかせ」に近くなった。「嫌いなものはありませんか」と聞いて、料理人が好き勝手に出してくるやつだ。もともとこれは日本の懐石料理で、フランスで広めたのはたぶんジョエル・ロビュション。

選ぶ必要がないから、日本でもウケた。それ以上に楽なのは作る側。予約で人数分だけの、決められた食材を用意すればよい。例えば私の自宅の近くの「ル・マンジュ・トゥー」がそうだが、メニューはなく、おまかせの12000円のみ。そういう店に行くと、私は何だか奴隷になったみたいで不快だが、言いなりに食べるのが好きな人も多いようだ。それはレストランのSM化だと思うけど。

ところが「プリフィックス」の店でも、「おまかせ」が増えた。先日行った新丸ビルの「ヌーヴェル・エール」は「ボン・グゥ神楽坂」と同じ「オー・グー・ドゥ・ジュール」系列の店だが、そこには8000円と12000円のコースしかなかった。8000円のコースは前菜も魚料理も決められていて、肉料理のみ鴨か仔牛のキャベツ包みから選ぶ。そのうえ、肉料理は同じテーブルで同じものを選ぶことを薦めるとまで書いてあった。

前菜3種はどれもおいしかったし、魚の真鯛も、鴨も抜群だった。しかし私には量が多すぎた。懐石のごとく出てくる美しい盛り付けの前菜は、いささか単調な組み合わせだったから、私は一皿をもっと食べたかった。サービスもこの値段にしてはおざなり。改装された東京駅を5階から正面に見る見晴らしは、「プチ夜景」で最高だけど。

その点、再訪した広尾の「ラ・トルチュ」は5000円台と8000円台のコースでほぼメニューも決まっていたが、単品があったので安心した。白アスパラも、サーモンのミキュイ(半分火を通す)も、カスレも好きなものをしっかり食べた。もともとデザートに関心がないので、これと珈琲で十分。

やはり外食は、好きなものを自分で選びたい。

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