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2013年5月22日 (水)

『ヒロシマナガサキ』に考える

7月20日から岩波ホールで上映される2本のドキュメンタリー、ステーヴン・オカザキ監督の『ヒロシマナガサキ』(2007)とリンダ・フォーグラント監督の『ひろしま 石内都・遺されたものたち』(12)を見た。『ヒロシマナガサキ』はかつて岩波ホールほかで上映されているが、見ていなかった。

これまで原爆については、主にテレビで多くの映像を見ていた。少なくともそのつもりだった。それでも『ヒロシマナガサキ』は衝撃だった。

一番驚いたのは、米軍が撮影した映像だ。キノコ雲が上がる映像は見ていたが、原爆の翌日から広島や長崎で撮られた映像は見たことがなかった。爆風で飛ばされ、焼けただれた死体があちこちにころがり、完全な廃墟が無限に広がっている。まさにノーマンズランド。

数か月後だと、現地のカラーの映像まで残っている。廃墟をうろつく人々。リンゴを食べる少女たち。日本でカラー映画が撮られるのは『カルメン故郷に帰る』だから、5年後のことだ。そして顔や全身が焼けただれた人々を、病院で丹念にカラーの映像で収めている。まるで実験の記録みたいに。

この映画では12人の被爆者が体験を語るが、そのなかには幼い頃に焼けただれた姿を米軍に撮影された人が2人いた。当時の映像と今の姿が重なる。そのうちの1人谷口さんが、いきなりシャツを脱いで体全体の傷跡を見せた時には、息が止まる気がした。

そのほか、米国で流されたいくつかの映像も気になった。戦前の日本で10年間大使をしたグル―の「日本は200年遅れている」という発言や、トルーマン大統領の原爆投下直後の成功宣言。日本がポツダム宣言を受諾した直後、タイムズスクエアに集まって喜びを爆発させる200万人のアメリカ人。

12人の被爆者の話や、原爆投下に関わった4人の米国人の話も興味深かったが、何よりもアメリカに残っていた映像を掘り出して見せてくれたことが、この映画の最大の功績だろう。

このインパクトが強すぎて、その前に見た『ひろしま 石内都・遺されたもの』の印象が吹き飛んでしまった。これについては後日書く。

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