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2013年5月12日 (日)

現代思想から遠く離れて

最近ここで自分が昔、文学青年だったことを書いた。実を言うと哲学青年でもあった。そんなことを考えたのは、仏誌「ヌーヴェル・オブセルヴァトール」の最新号の特集が、「世界を理解するために、欠くべからざる25人の思想家たち」だったからだ。

学生の頃は、雑誌『現代思想』を毎月買っていた。三浦雅士が編集長を辞める頃で、ちょうどそこでの浅田彰の連載が『構造と力』という単行本になった。とにかく、ジル・ドゥルーズを読まないといけないと思っていた。大学で「現代思想読書会」を立ち上げて、フーコーの『狂気の歴史』やレヴィ=ストロースの『野生の思考』を無理して数人で読んだ記憶がある。

そんな雰囲気だったから、パリに留学した時も、文学や映画より第七大学のジュリア・クリステヴァの授業に毎回出た。彼女は当時何と「テキスト・ドキュメント科学」コースの学部長で、学部生に教えていたのだ。単位もちゃんともらったが、今記憶にあるのは、彼女の派手なイヤリングや指輪だけだ。

それからいろいろあって、20年以上会社員をやるうちに、哲学や思想は遠くなった。たまに雑誌『現代思想』を手に取っても、知らない名前が増えて読む気がしなくなった。

前置きが長くなったが、仏誌の選ぶ25人は誰だったか。まず表紙の6人で名前を知っていたのは、インドのアマルティア・センとフランスのアラン・バデューにアメリカのマイケル・サンデル。何だサンデルはフランスでも有名なのか。私は何か読む気がしないけど。

特集ページを読むと名前を知っていたのは、イタリアのジョルジュ・アガンベンにアントニオ・ネグリ、ドイツのユルゲン・ハバーマス。アメリカのスタンリー・カヴェルにスロヴァニアのスラヴォイ・ジジェク。この2人は映画関係の著作があるので、かろうじて読んだことはあるが、相当に難解だった。

つまり25人のうち、8人しか名前を知らないし、ほとんどきちんと読んだことがない。数年前から大学で教えているし論文のようなものも書いているのだけれど。「現代思想」からは、私は遠く離れてしまった。

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