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2013年5月11日 (土)

岸恵子の小説を読む

女優の岸恵子が書いた小説『わりなき恋』を読んだ。新聞のインタビューで小説を書いたんだと思っていたら、読んだ友人から本が回ってきた。読む前は、パリ行きの飛行機のファーストクラスで出会う69歳の女性ドキュメンタリー作家と、58歳の大企業の重役の話なんてと思っていたが。

おもしろいのは、あちこちに生の声が噴き出していることだ。とりわけセックスに関しては、最初の交渉の時に肉体的に受け付けなかったさまを克明に描き、その後婦人科の専門医とのやり取りを実に細かく書く。あるいは男が家族のことを話した時に急に体が硬直するさまを描く。

一番リアルだったのは、男が自分の部下2人を女との夕食に連れてきて、屋形船に乗る場面だ。男は女とはしゃぐ部下を見て不機嫌になり、それを見た女は怒り狂う。会社勤めの人間にありがちなシーンだが、それぞれの感情のほとばしりが何とも微妙に描かれている。

しかしながら全体を通じてうんざりするのは、主人公の女性の世界観が出過ぎていることだろう。世界観というよりは、高飛車な自分語りというか。「世間がカラオケの大流行に溺れたとき、日本人は本来の性格を変えたと笙子は思っている」という記述に、「日本人の本来の性格って?」とつっこみたくなる。

日本では、日本人や日本社会がいかに世界的に見ておかしいかを語り、日本古来の文化を讃え、パリのすばらしさを語る。パリでは日本文化を語りながら、エキゾチズムを誘う。

そんな傍目にはいいとこ取りに見える岸恵子の生き方がそのまま主人公の見方に反映されていて、どこかついていけない。それとこれはある知り合いも言っていたが、要素を詰め込み過ぎだろう。終盤には東北大震災まで出てくるのだから。映画もそうだが、あまりに要素が多いといいシーンがあっても焦点がぼやけてくる。

それから、元女優で外国映画を中心に文章を書いている桐生砂丘子という主人公の友人が、どうしてもある実在の女性に見えてしかたがなかった。8階に住んで、妹もいるし。実はいろいろなモデルがいるのだろう。そうしたモデル探しの楽しさもある。

この小説はもう少し現実をそぎ落として抽象化したら、ずっと良くなるに違いない。

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