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2013年5月26日 (日)

京橋の展覧会2本

かつて私にとって美術や展覧会というのは、生きていくための飯のタネだった。本当は好きではないと思いながら、美術展に関わってきた。ところが4年前に大学で映画を教えるようになってから、展覧会を見ることが本当に好きになった。

頭の別の部分を刺激するというか、映画の徹頭徹尾具体的な世界から離れて、抽象的な思考がしやすいところがいい。自宅で初期映画のDVDを見て授業の準備をしていたら、気が滅入ってきたので地下鉄に乗った。

日本橋で降りて最初に行ったのはブリジストン美術館で、「Paris、パリ、巴里―日本人が描く 1900-1945」を見た。大半が自らの所蔵品からなる、本来の美術館らしい企画だ。

まず黒田清輝や浅井忠らの生真面目な絵。19世紀後半にフランスに行って、当時流行の印象派ではなく、ラファエル・コランらのアカデミズムに学んだものだ。それから1910年頃になって、梅原龍三郎や安井曽太郎が出てきて、ルノワールやセザンヌの模倣が始まる。藤田嗣治だけが、独自の白い絵を描き続ける。

1920年代の坂本繁二郎や佐伯祐三、岡鹿之助などになると、何だか憧れのパリを描いているだけで、真似したわけでも同時の境地を見出すわけでもない。藤田だけがフランスの美術史に残っている理由がよくわかった。

ここまでで40点だが、それから所蔵のフランス絵画が同じ量だけ並んでいる。ルノワール5点に始まって、モネ4点、マティス6点、ピカソに至っては8点。コローやクールベなどの印象派以前の作家も並んでいて、何とも圧巻だった。

これを見ると、それまでの日本人のパリに憧れてもがいていた軌跡がちょっといじましくなってくる。所詮は自己満足に見えてくる。パリに憧れて到着し、日本贔屓のルノワールやモネに会いに行く。後はあちこち旅行しながら、憧れのパリを描く。そして1、2年もすると帰国して巨匠になる。そんな感じではないのか。

その後歩いて、フィルムセンターの「映画より映画的! 日本映画スチル写真の美学」を見た。確かに『東京物語』のラストの笠智衆と原節子のショットはポスターにも使われていて有名だが、あれは映画の場面ではなくて、スチールなのだと改めて実感した。スチル写真が映画そのもののように記憶されてしまうというのは、何とも興味深い。「映画より映画的」というわけか。

宣伝スチールと場面スチールの違いもおもしろかった。終わりの、小津の『生まれては見たけれど』や山中の『百万両の壺』のスチールの鮮明さにも驚く。

出口で券売の女性2人を知っていたので話し込む。うち1人は1996年の「ジャン・ルノワール」の頃から働いているという。時は流れる。

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