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2013年6月23日 (日)

おもしろすぎる「夏目漱石の美術世界」展

またフィルムセンターで清水宏を2本見たが、その合間に上野の東京芸術大学美術館で見た「夏目漱石の美術世界」展があまりにおもしろかった。7月7日までの展覧会で前にチラシを見て気にはなっていたが、これほどの内容とは思わなかった。

通常、文学者の展覧会とは、自筆原稿や机、万年筆など身の回りのものに写真で構成するのが普通だ。ところがこの展覧会はそれがほとんどない。何が展示されているかと言えば、漱石の小説やエッセーに出てくる美術作品の数々である。

まず『吾輩は猫である』の装丁や挿絵がでてきたので、ふうんと眺めていたら、『坊ちゃん』の一節が書かれたパネルがあった。それは赤シャツがターナーに触れるあたりだが、その横に大きなターナーの絵が飾ってあって腰を抜かすほど驚いた。しかも所蔵先に「テイト、ロンドン」と書かれている。

「あの松を見たまえ、幹が垂直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」という赤シャツのセリフにピッタリの絵だ。1900年に英国に着いた漱石が見たものを再現するために、わざわざロンドンから借りているのだ。

あるいは『倫敦塔』に出てくる2人の王子の話は、ジョン・エヴァレット・ミレイの《ロンドン塔幽閉の王子》の影響と推測してこの絵をロンドン大学から借りてきている。

次には漱石が親しんだ水墨画や江戸時代の絵画が並ぶ。その一点一点に漱石の文章が掲げられて、明確に関係づけられている。例えば津田青楓に宛てた手紙で俵屋宗達《龍図》について「あの龍は旨くて高尚ですね」と書いているが、東京国立博物館所蔵のその絵が展示されて、それが当時既に東博の所蔵品であったことが解説されている。

心底驚いたのは、《虞美人草》に出てくる存在しない抱一の絵を、この展覧会のために荒井経という日本画家に描かせていることだ。あるいは『三四郎』に出てくる美禰子を原口という画家が描く《森の女》という絵を、佐藤央育という画家に描かせている。いやはやおもしろすぎる。

この調子で、漱石が見たであろう、想定したであろう美術が内外の美術館や所蔵家から探し出されて、びっしりと展示されている。その数は200点を越す。見ていると漱石の脳内世界を歩き回っている気分になる。終わりには漱石の自筆原稿も少し展示されているが、本人が描いた水彩画や南画が玄人レベルで驚く。あるいは数点の書もいい。

海外の大美術館に大金を払って開く「○○美術館展」とは対極にある、知的で創造力に満ちた展覧会だ。まだまだおもしろい展覧会はいくらでもできるのだと思った。今年ナンバーワンの展覧会だろう。

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