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2013年6月14日 (金)

『熱波』の衝撃

7月13日公開のポルトガル映画『熱波』をようやく見た。ミゲル・ゴメス監督のこの作品は、去年のベルリン国際映画祭で話題になったが、公開されないかと思っていた。白黒映画だし、仏『カイエ・デュ・シネマ』誌など通好みの評論家が絶賛していたからだ。

映画は予想以上にすばらしかった。白黒でもあり、レオス・カラックスが『ボーイ・ミーツ・ガール』で、ジム・ジャームッシュが『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で出てきた時の衝撃を思い出した。

濃淡のくっきりした白黒の官能性は、ヴィム・ヴェンダースの『ことの次第』や、最近だとフランシス・フォード・コッポラの『テトロ 過去を殺した男』も思い出させる。つまり映画好きの監督が、自らの映画体験を入れ込みながら、一カットずつ丁寧に撮った作品である。

映画は二部に分かれる。第一部「楽園の喪失」の舞台は現代のリスボンで、悩みながら生きている中年女性ピラールを中心に描く。年末から年始にかけて、彼女は近くに住む孤独な老女、アウロラの世話をする。アウロラはアフリカ人メイドのサンタを嫌っているが、サンタは気に留める様子もない。

アウロラは死を悟り、ある男の名前と住所を書き取らせる。ピラールがそこに行くと、その男は老人ホームにいるという。彼女はその男ベントゥーラを車に乗せてアウロラのもとに連れてゆく。

第二部はベントゥーラが語る、50年前のアウロラとの悲恋の物語だ。ここは16ミリで画面は粗くなり、登場人物の声も聞こえないから(物音は時おり聞こえる)、ほとんどサイレントだ。

アフリカで暮らす若いアウロラの可憐な美しさ。夫との甘美な日々が、ベントゥーラとの出会いで一変する。そして訪れる情熱の嵐。邦題の『熱波』はぴったりで、愛の熱さが肌理の粗い16ミリから、波のように押し寄せてくる。

原題は「Tabu」。もちろんムルナウの最後の作品『タブウ』を思わせるが、そう考えるとアウロラという主人公の名前は、『サンライズ』のラテン語圏の題名でもある。

第一部は12月28日から始まるが、これはもちろんリュミエール兄弟のシネマトグラフ初上映の日だ。第二部で大勢のアフリカの少年たちがカメラに向かって走ってくる様子を車から撮ったショットは、リュミエール兄弟がインドシナに送ったガブリエル・ヴェールの映像に酷似している。

そんな映画史的な妄想に駆られてしまうほど、この作品は映画の始源的な輝きに満ちている。私にとって、今年の洋画ナンバーワンかもしれない。もう一度劇場で見なくては。それからこの映画と同時に始まる「ポルトガル映画の巨匠たち」でこの監督の前作が2本上映される。これも見たい。

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