なぜ日本の金持ちは美術を買わないか
昨日、映画『華麗なるギャツビー』のお城のような豪邸を見て、『市民ケーン』の大邸宅を思いだしたことを書いたが、後者にあって前者になかったものがある。ケーンが世界中から集めた美術品の数々だ。金持ちの究極の贅沢は美術品蒐集だというが、現代の日本人の金持ちはなぜか美術に向かわない。
バブル期には、ゴッホのひまわりを買った日本人が墓に入れたいと発言して、世界の顰蹙を買ったこともあるが、これは極めて例外。かつて日本の美術マーケットを取材したことがあったが、画廊も小さく、世界規模のオークションもアートフェアもないことがわかった。中国や韓国の方が明らかに美術マーケットが大きい。
あるいはドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』のように、金持ちでなくても値段の高くない現代美術をコツコツ買う人も少ない。だから画廊は場所貸し中心の「貸し画廊」でなければ、どんどんつぶれる。
そんなことを考えたのは、有名なオークション会社クリスティーズの日本支社から来たニュースレターを読んだからだ。ニューヨークや香港でのオークションの落札額がどんどん上がっているという内容だった。ニューヨークのオークションで、モディリアーニが39億円、印象派では地味なベルト・モリゾ(私は大好きだ)が10億円、シャイム・スーチンが18億円。
そのうえ、アジアからの落札が多かったという。大半は中国系だろう。香港のオークションでは、東京都現代美術館で最近個展をやっていた、まだ若い名和晃平の立体が3700万円、あるいは日本の「著名美術館」から出た殷後期の青銅器は5億円。
「著名美術館」とは、日本の公立美術館は作品を売れないから、出光とか根津クラスの私立美術館だろう。こうした美術館からわかるように、かつては日本でも大コレクターはいたのに、今はいなくなってしまった。
IT長者たちは一体何にお金を使っているのか。そもそも今の日本は、一般的に消費自体が絶望的に縮小している気がする。学生を見ていると特にそう思う。
私個人はお金はないので美術は買わないが、時々おいしいレストランに行ったり、好きな服を買うくらいの贅沢は続けたい。家も小さいので、美術のように残るモノより、残らないものの方がいい、と思うのは貧乏人の僻みかな。
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