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2013年7月 2日 (火)

著作権の公的管理をめぐって

先日、高知県立美術館から来た案内の中に、「石元泰博フォトセンターの開設について」という一枚紙があった。よく読むと、昨年亡くなった写真家、石元泰博氏のコレクションを寄贈されただけではなく、この美術館が著作権を管理していくことが書かれていた。これは画期的なのではないか。

寄贈されたのは、プリント3万5千枚、ポジフィルム5万5千枚、ネガフィルム10万枚。そのほかカメラ機材や蔵書、家具など。これらを整理して保管し、展示したり貸し出したりすることだけでもとても遺族にできることではない。だからこうした丸ごとの寄贈は、最近増えている。

ところが著作権管理は普通別だ。だいたい遺族がそのままやっている。だから作品写真を印刷物などに使う時は、美術館からポジを借りても、著作権者に連絡を取って許可を得なければならない。普通は電話一本で済むが、相手が高齢だったりして面倒なこともある。


高知県の石元泰博フォトセンターの活動内容を示す文章の最後に、「著作権管理代行」と書かれている。そしてそこに載っている彼の写真の下に、「©高知県、石元泰博フォトセンター」と書かれている。つまり彼の著作権の許可を得たければ、この美術館に連絡すればよいことになる。

石元さんには品川のご自宅で10年ほど前に会ったが、小さなマンションで奥様と2人で仲良く暮らしておられた。あの奥様にとっては、高知県に作品のみならず著作権まで管理してもらうのは、ありがたいのではないか。

同じクラスの写真家でも、遺族が個人美術館を建てたりしている場合もあるが、なかなかうまくいかない。親の名前で遺族が食べて行こうとするからだ。それならば、いっそ著作権ごと公的機関に任せてしまった方が、故人のためだろう。

フランスでも、ブラッサイは文化省が著作権を管理し、実務はポンピドゥ・センターの写真担当学芸員がやっていると聞いたことがある。石元氏は高知県出身だからこうなったが、こうした例が増えてもいいのではないか。

かつて展覧会の企画をやっていたので、著作権者には悩まされた。マティスのようにきちんと管理しているが、必ず色校をフランスの財団に送る必要があったり、マグリットやユトリロのように著作権者がとんでもない金の亡者だったりすることもある。こちらの話は長くなるので、また後日書く。

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