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2013年7月10日 (水)

また新しい才能が:映画『凶悪』

9月21日公開の『凶悪』を見て、驚いた。白石和彌監督の第2作目というが、俳優たちの絶妙な演技と物語展開のうまさに、見ていてぞくぞくした。また新しい才能が出てきたと思った。

かつて『新潮45』に掲載されて話題を呼び、単行本化された『凶悪―ある死刑囚の告発―』の映画化だが、私はこの事件も知らなければ本も読んでいなかった。死刑囚から出版社に「本当の犯人が捕まっていない」という内容の手紙が届き、雑誌記者が会いにいくところから話は始まる。

山田孝之演じる記者が、死刑囚の証言をもとに取材を始めると、いくつもの殺人事件を主導した「先生」と呼ばれる男の姿が浮かび上がってくる。映画は冒頭から、凶悪人たちの暴行をこれでもかと見せる。白石監督が若松孝二の助監督をしていたことを事前に読んでいたので、若松流のバイオレンスかと思った。

記者が調査を進めるうちに、ピエール瀧演じる死刑囚が、「先生」役のリリー・フランキーの指示のもとに保険金連続殺人を繰り返してゆく過去が再現される。その悪趣味な暴力のオンパレードは、若松孝二よりも園子温か三池崇史を思わせる。とりわけリリー・フランキーの変態ぶりといったら。

ところが途中から、記者が会社や自宅から離れて取材に没頭したり、死刑囚がキリスト教に入信したり、物語の調子が変わる。記者自体の正義が揺らぎ、裁判で死刑囚はとんでもない発言をする。そして記者と「先生」の対決。

後半のスリリングな展開に舌を巻いた。それと同時に山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキーの顔つきがどんどん変わるに驚いた。彼らの変容が、それぞれの場面にきちんと組み込まれている。

この3人の狂った男たちのまわりに、池脇千鶴、白川和子、吉村実子、村岡希美といった女性の脇役がしっかり配されていて、家庭のシーンや編集部のシーンなどにも破綻がない。その何気ない統率のうまさから漂う精神性は、むしろ公開中の『嘆きのピエタ』のキム・ギドクを思わせる。

白石監督の演出は、オーソドックで奇を衒わないが、細かい。人間の不可解な真実にメスを入れてゆく。その意味でこれからの活躍が楽しみだ。

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