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2013年7月11日 (木)

映画『ルノワール』を見ながら

今秋公開の『ルノワール 陽だまりの裸婦』を見に行った。もともと映画と絵画の関係については興味があるし、とりわけルノワール父子についてはくわしいつもりだから、見ないわけにはいかない。

息子のジャン・ルノワール監督については、1996年に全作品上映を企画した。父親の画家ルノワールは、2010年の国立新美術館での大個展を見てから考えを改めた。それ以降は、セザンヌなどと同じくらい革新的な画家だと考えている。

今度の映画は、画家ルノワールの晩年を、息子とモデルのアンドレ(後に息子の妻となる)との交流を中心に描くというから、なおさら私のツボだ。

映画は、ある意味よくできている。息子のジャンが書いた『わが父ルノワール』にほぼ忠実だと思う。ミシェル・ブーケ演じる父ルノワールは晩年の写真にそっくりだし、アンドレ役の女優にも後に彼女が出る映画の面影がある。ジャンはちょっと違うと思ったが。

それ以上にリー・ピンビンのカメラが、光溢れる南仏の風景を、まさに印象派絵画のように見せてくれる。とりわけ流麗な移動撮影で捉えられた裸のモデルたちとまわりの自然は、溜息が出そうだ。

ただ私の場合は、それ以上は映画の中に入って行けなかった。ジャンの母親代わりだったガブリエルに対する説明がほとんどないのを、日本の観客はわかるだろうかと心配したり、もっとジャンと映画との係わりを見せた方がいいのではと思ったり。

何より、見ながらずっとジャンとアンドレの2人の息子、アラン・ルノワールさんのことを考えていた。『ゲームの規則』などの撮影に参加した後、父を追ってアメリカに渡り、戦後はカリフォルニア大学バークレー校で中世言語の教授をした人だ。私が会った時は大学も引退して、カリフォルニアの山中に住んでいた。ルノワール的な、自然の優しさが溢れるような笑顔で、インタビューに答えてくれた。空いた時間に、ワイン製造元モンダヴィの見学ツアーにまで連れて行ってくれた。

彼は東京にも来た。鎌倉に行った時に、骨董屋でおちょこを買っていたのを思い出す。その彼が亡くなったとパートナーのパトリシアさんから手紙が来たのはもう10年近く前か。アランさんとのほんの短い幸福な時間を反芻しているうちに、映画は終わっていた。

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