『ある愛へと続く旅』のペネロペを楽しむ
有名な映画俳優が監督をする例は、特にイタリアに多いような気がする。キム・ロッシ・スチュアート、ミケーレ・プラチド、ファブリツィオ·ベンティヴォッリョなど(といっても日本では無名に近いか)。今秋公開の『ある愛へと続く旅』の監督をしたセルジョ・カステリートもその1人。
彼は既にペネロペ・クルスを起用した『赤いアモーレ』(2004)を監督していて、これが監督2作目。『赤いアモーレ』は、設定があまりにも作り込み過ぎの感じがあったが、忘れがたい印象を残す映画だった。
今回も似たタイプの奇想天外な設定だ。ローマに暮らすジェンマに、サラエボから電話がかかる。それは写真家だった元夫の写真展を見に来ないかという共通の友人からの誘いだった。学生時代にサラエボに留学したジェンマは、過去の記憶を求めて息子と旅立つ。そこで彼女が16年後に見たものは、という展開。
当然ながらそこには、1990年代のボスニア紛争の悲劇がかぶさる。それに加えて、アメリカ人写真家ディエゴと結婚したジェンメは不妊に悩む。この二つがこんがらがってという設定はやり過ぎだと思ったが、それを見せてしまうのは、ジェンマを演じたペネロペ・クルスの渾身の演技だ。
冒頭で彼女が40代の疲れた姿で出てきた時は、その老けぶりにびっくりしたものだ。それが20年ほど前の学生時代を演じると、はじけるような姿になる。映画は現在と過去を往復しながら進むが、その両方でペネロペはいつも叫び、自己主張をする。
完全にペネロペのための映画でちょっとうんざりするが、最後の急展開を見たら、不思議と厳粛な気分になった。彼女がヌードをたっぷり見せるのも、役に入れ込んでいたからに違いないが、私は彼女が好きなのでその楽しみもあった。加えてジェーン・バーキンやイザベル・アジャーニのチョイ役もいい。
ここで冒頭に書いた3人のイタリア俳優兼監督もそうだが、かなりの演出力だ。それでも監督はやはり副業というのも4人に共通している。これはイタリア特有の現象ではないだろうか。
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