ダニー・ボイルにまた騙される
ダニー・ボイルという監督は私にとって、詐欺師のような存在だ。『トレインスポッティング』(1996)の昔から、いつの間にか騙された気分になる映画を作ってきたように思う。10月公開の『トランス』もそうだった。
いつの間にか騙された気分というのは、わざとらしい設定でつまらないと思っているうちに、何となく乗せられてしまい、最後には興奮状態にあるという意味だ。私にとっては、『スラムドッグ$ミリオネア』(08)も『127時間』(10)もそんな映画だった。
今回の『トランス』は、ゴヤの絵を盗んだ男がどこに隠したかわからなくなり、催眠療法で記憶をたどるという物語だ。冒頭でオークション会場から競売人サイモンがゴヤの『魔女たちの飛翔』を盗み出し、それを受け取ったギャングのフランクが確かめると、画布のない額しかないことを気付くまでが、ものすごいスピードで語られる。
そこでようやくクレジットが出てくる。映画は女性の催眠療法士エリザベスの力を借りてサイモンの記憶をたどり、それが何通りも再現される。それは同時にエリザベスに依頼をしたギャングたちの頭の中に入り込むことであり、さらに見ている観客の頭脳にも入ってくる感じがする。
エリザベスを演じるのはグラマーな黒人のロザリオ・ドーソンで、サイモン役のジェームズ・マカヴォイもフランク役のヴァンサン・カッセルも彼女を好きになってしまい、その肉体に惑わされる。結局のところ記憶や頭脳の中の世界というよりも、観客は男たちの性的妄想の中を迷うことになる。
だから『インセプション』のように他人の意識の中に入っていく映画とは全く違っていて、あくまで妄想のレベルの話だ。その意味ではこれまでのダニー・ボイル以上に騙された感は強い。しかしながら、その鮮烈な映像と強烈な音楽で最後まで引っ張ってゆく。
元々私は絵画を盗む映画が大好きなので、最近盗まれた名画が10点余りずらりと並んでいるシーンなどは、ぞくぞくしたけれど。もう一つ、サイモンが西洋絵画でヘアを見せるのはゴヤからと言うのは本当かどうか知らないが、それがロザリオ・ドーソンの真正面からのヌードにつながるのもおもしろかった。
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