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2013年8月30日 (金)

『Homesick ホームシック』の現代性

ふと空いた時間に思い立って、27歳の廣原暁監督『Homesick ホームシック』を見に行った。ユーロスペースに『陸軍登戸研究所』を見に行って手に取った同じビルのオーディトリウム渋谷のチラシに、ポン・ジュノやジャジャンクーが彼の前作を絶賛したと書いてあったので気になっていた。

結果は、見てよかったが、微妙な思いも残った。映画は、大きな一軒家に一人で住む30前後の孤独な若者を描く。母親は家を出て久しく、父親はペンションを始めた。妹は世界放浪の旅に出ている。そんな彼が勤めていた塗装会社の社長は夜逃げし、無職となる。

父親は留守番電話で、自宅を売ったので別の住む場所を探せと告げる。不動産会社からもそう連絡があるが、主人公は動く気がない。とうとう追い出されるが、合鍵を使って入り、そのまま住み続ける。近所の子供もそこに遊びに来る。

それだけの話だ。早く仕事を探して、家を出ればいいのに。父親は金を出すと言っているし。あるいは父親が勧めるように、しばらくペンションに行くのもいいかもしれない。見ている私はそんな風に思うが、主人公はひたすら停滞する。

映画はその停滞感を、丁寧な映像と音で見せる。まず。千葉の住宅地の空疎な感じがいい。近所の子供3人は最初は悪戯をしに来るが、次第に青年と心が通じ合い、一緒に段ボールでトリケラトプスを作り、色を塗る。その子供たちの躍動感。

あるいは青年がその段ボールを野原で燃やすシーンの静謐さ。青年は少年たちが住む団地を「オーイ」と大声を挙げて回る。そして特に仲良かった少年とイルカのショーを見に行く。その帰りに遠くに見える花火。

黒沢清や青山真治を思わせるような、周囲の雰囲気を見事に切り取った映像だが、それでも見ていて退屈する。それ自体が狙ったものだと言われるかもしれないが、「自分で何をしたらいいかわからない」とつぶやき、同級生だった女性から「人間のクズよね」と言われながら踏み出さない青年の痛みは、もはや私には遠い。

そういえば、一昨日『陸軍登戸研究所』について書いたが、それでは気分が収まらず、WEBRONZAにも書いて昨日昼頃アップされたのでご一読を。家に帰ったら、朝日の夕刊社会面にも紹介記事が出ていたけど。

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