落語から弁士へ
先日無声映画を弁士付きで見に行ったことを書こうとしてラーメン嫌いの話になったので、もう一度弁士のことを書いておきたい。というのは、四半世紀ぶりに落語を見に行って、弁士のことを思い出したからだ。
落語は国立演芸場の「入船亭扇遊・扇辰 兄弟盃の会」というもので、友人から券が余ったとの連絡で急遽行くことに。有名な2人らしいが、実は私は名前も知らなかった。
最初に入船亭遊一という扇遊の一番弟子が「真田小僧」をやった。それから扇辰が「団子坂奇談」、扇遊が「佃祭」をやって中休み。それから扇遊の「一番茶屋」に扇辰の「さじ加減」でおしまい。6時半に始まって終わったのは9時過ぎ。
出し物は事前にわかっていなくて、終了後にロビーに書かれていたものをスマホで写真に撮った。ネットで調べると、それぞれあらすじが載っているので、どれも有名なものだろうが、もちろん私は知らない。
どれがよかったかと聞かれると難しいが、「佃祭り」は祭りの夜の船着き場の騒ぎが目に浮かぶようだし、「さじ加減」は品川の宿の座敷牢にいる狂った美女を想像した。特に後者は品川宿ということで映画『幕末太陽伝』を思い出し、さらに大家さんの活躍で『人情紙風船』を考えた。そこから頭の中は弁士へ飛んだ。
落語は1人が何人分も演じる。弁士も同じでいくつもの声色を使い分ける。まさに語りの芸だ。ただ弁士の場合は、音のない映像が目の前にあって、その「説明」に近い。落語は全くの無の空間に、語りだけで突然世界を浮かび上がらせる。
その意味では落語の方が抽象度が高いが、語りで映像の印象を全く変えてしまう弁士もなかなか。私は今回弁士付きの『月世界旅行』を始めて見て、あの映画の滑稽さがわかった気がした。
それにしても弁士付き上映は、どうしてあんなに状態の悪いプリント(を元にしたDVD)を使うのだろうか。今では、海外のピカピカの復元版プリントから起こしたDVDやブルーレイが簡単に手に入るのに。海外には無数のサイレント映画の復元版がDVDで出ているのだから、それを使った弁士付き上映はもっと盛んになってもいいだろうと思う。
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