『《焼き場に立つ少年》は何処へ』を巡って
先日、吉岡栄二郎さんから『《焼き場に立つ少年》は何処へ』という本が送られてきたが、表紙の写真を見て「あっ」と声を挙げた。清水宏監督『蜂の巣の子供たち』(1948)の有名なシーンにそっくりだったからだ。吉岡さんは東京富士美術館の学芸員で、専門は写真史。
吉岡さんは、昔、写真展の仕事でお世話になった。東京富士美術館はもちろん創価学会系の美術館だが、キャパの全写真を含む膨大な写真のコレクションはあまり知られていない。そして吉岡さんは飲むと実に楽しい方だった。
彼の本は、ジョー・オダネルというアメリカ人報道写真家が敗戦直後に撮った一枚の写真を徹底調査したものだ。その写真は、少年が自分より小さな子供を背中に負ぶって、キッと正面を見つめているもの。有名な写真らしく、《焼き場に立つ少年》で検索すれば、すぐに画像が出てくる。
よく見ると、背中の子供の首は完全に垂れていて、死んでいるようだ。オダネルのコメントによれば、少年は亡くなった弟を負ぶって、火葬場まで来たところらしい。強く噛んだ唇が、強い意志を感じさせる衝撃的な写真だ。
『蜂の巣の子供たち』の似たシーンは、以下のエピソード。病気になったよし坊という少年が「海を見たい」という。寝床で山を見ながら「あの山に登れば海が見えるんだが、連れて行ってくれないか」と友人(大阪弁のガキ大将)に頼む。そこで友人は、彼を負ぶって山に登る。何度も落ちそうになるが、ようやくたどり着いた時には、既によし坊は息絶えていて、頭はコクリと垂れていた。
どちらも敗戦後、間もない頃だ。そして少年が一人で決断し、遺体や病人を運ぶ。子供離れした強い意思に、見る者は慄然としてしまう。
オダネルは、帰国後も報道写真家として主として大統領を撮影していた。しかし長崎の写真300点はトランクに封印して、43年間、そのままだったという。そして1989年、キリストの磔刑を思わせる原爆の被害者像を見て、自分の写真を見ることにしたという。
その写真展を地元テネシーで開くと大騒ぎになり、《焼き場に立つ少年》は2007年には長崎でも展示された。その衝撃的な写真は、多くの新聞で報道されて、テレビ番組にもなった。しかしその少年は誰か、そしてどこで撮影されたのかわからない。吉岡さんは5年間かけて長崎を歩き、その少年を突き止め、場所を特定する。
そのあたりはこの本を読んでもらうしかないが、この写真は『蜂の巣の子供たち』のシーンと重なりながら、私の中に残り続けるだろう。2013年の暑い夏の記憶と共に。
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コメント
この本は、普通の書店で手に入りますか? 検索しても見つかりませんでした。
以前見た「焼き場に立つ少年」の写真に胸を打たれ、その少年のその後のことが気にかかっていました。
本になっていれば、ぜひ読みたいのですが。
投稿: 河野裕美子 | 2013年8月10日 (土) 08時27分
私が頂いたのは私家版ですが、同じものが8月9日に長崎新聞社から出版されたそうです。
投稿: 古賀太 | 2013年8月10日 (土) 08時31分