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2013年8月12日 (月)

『少年H』の描く戦時中の日本

8月のこの時期に『風立ちぬ』と『終戦のエンペラー』を見ると、どうしても『少年H』を見たくなって、見に行った。まるで2013年夏版の終戦三部作という感じだが、この映画も新しい視点から誠実に戦争について考えた秀作だった。

良かったのは2点。一つは、戦時中の日本で戦争の狂気から少し距離を置いた普通の人々が描かれていることだ。もちろん乱暴な軍人も憲兵もいるが、少年Hの父親(水谷豊)は、淡々と洋服を仕立て、神戸の外国人にも納める。そして家族そろって教会に行く。少年Hは、近所の青年の歌う『椿姫』を覚え、マネの「オランピア」を模写する。

私はもちろんその頃のことを知らないので、1930年代から15年ほど日本人全員が狂った時代があったように想像してしまう。ところがこういう映画を見ると、普通の理性が庶民にもあって、ある程度文化的な生活をしており、それが1942年頃から狂いだして、いつの間にか誰も止められないようになってしまう様子がよくわかる。

もう一つは、空襲で焼夷弾が目の前で落ちる恐怖を克明に描いている点だ。「焼夷弾」の恐ろしさは多くの人が語っているが、この映画のように目の前に突き刺さって数秒後に爆発する映像は始めて見た。これは怖い。そしてそれが次第に大火事につながってゆく。空襲の恐ろしさを映画でこれほど味わったのは初めてだ。

あえて残念な点を言えば、脇役の國村準、岸部一徳のような芸達者を使いきれていないことだろうか。かれらがもっと家族のドラマにかかわっていたらよかったのに。そういえば、見終わってエレベーターで「小栗旬クンはどうなったの?」と言っていた女性がいた。彼も含めて、周りの人々の描き方が浅い気がする。

降旗康男監督は前作の『あなたへ』もそうだったが、最終的には主要人物の表情で表現しようとしているようだ。少年と水谷豊の戦前から戦後にかけての表情の変化はよく描かれているが、そこが弱さでもある。

興収はたぶん『終戦のエンペラー』と同じ15億前後だろうか。80億は固いと言われる『風立ちぬ』には遠く及ばない。この3本を見ると、新たにわかるものはあると思うのだが。

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