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2013年8月 7日 (水)

清水宏をもう1回だけ

ここで何度清水宏について書いたかわからないが、とりあえず今日でおしまい。最後に見たのは『母のおもかげ』(59)と『蜂の巣の子供たち』(48)。『母のおもかげ』は遺作なので見たかったし、『蜂の巣の子供たち』は急に時間が空いたので、もう一度見たいと思った。

『母のおもかげ』は、母を亡くした少年が、再婚した父親が連れてきた新しい母親になじめない、という話。例によって「おかあさん」の一言が言えないというものだが、良くできている。何より、父親の職業が隅田川の水上バスの運転手という設定が際立っている。

走る水上バスから見える東京が魅力的だ。彼らが住むのも豊洲か木場あたりで、運河と橋に囲まれた地区を歩く親子の姿がいい。道と水があってそこを親子が歩くだけで、清水らしい情緒が立ち上ってくる。かつて豊洲に住んだ私には懐かしかった。

父親(根上淳)が淡島千景演じる女性を紹介されて、連れて行くのが寄席。カメラは2人を中心に見ている人々を写すが、舞台は全く見せない。明らかに林家三平の声だが。切り返しショットを使わない清水のこだわりだろう。

いつものようにロングショットが多いが、時おり入る少年や淡島千景のアップが冴える。遠足から帰った子供が、「おかあさん」と家の中を探し回り、淡島が抱きしめるラストのシーンは、またかと思いながらも泣いた。

『蜂の巣の子供たち』は、2回目だと、だいぶ違って見える。冒頭に「この子供たちに心当たりの人はいませんか」というクレジット。何より敗戦後3年目の日本が美しいのが、印象に残った。まさに「国破れて山河あり」という感じで、下関から大阪までの風景を見せてくれる。とりわけ海や山がいい。時おり見える汽車も。

広島の瓦礫の山の映像も貴重だ。子供たちが下関で出会う広島出身の女性が、神戸で娼婦をしているところを子供たちに見つかるという設定は、「堕ちた女」を好む清水らしい設定。最後はその女性もずるいおじさんもみんなが「みかへりの塔」の教化院に行ってしまう。彼らを子供たちが道路一杯に迎えるシーンに、何とも幸福な気分になった。

復員兵が子供たちに「『みかへりの塔』という映画を見たかい」と聞くシーンがある。子供たちは見てないと答えるが、平気で自分の映画に触れるやり方は、『その後の蜂の巣の子供たち』でさらに進む。こうした自己言及性も、ロケ好みや即興性と同じく、清水の映画がヌーヴェル・ヴァーグらしいゆえんだろう。

それにしても6月から2か月間、清水宏という天才監督の映画を見続けて幸せだった。調べてみたらフィルムセンターの74年の上映も20本だし、10年前の「東京フィルメックス」と組んだ上映はたったの10本だから、今回の50本は初めての試みだ。彼の再評価はこれからだろう。

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