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2013年8月29日 (木)

キャプションが重要な写真展「米田知子展」

普通、美術展を見る時に、キャプションを見る行為はどこか、後ろめたい。画家の名前を見て急にありがたいもののように思ったり、題名を見てわかったような気になったり。ところが東京都写真美術館で開催中の「米田知子展」は、キャプションを見ないと意味がない。

ありふれた野原に、鰯雲の空が広がっている。どこの田舎だろうか、海外かもしれないと思うと、キャプションには《道―サイパン島在留邦人玉砕があった崖に続く道》と書かれている。そうしてみると、その明るさが急に不吉なものに見えてくる。その道を見ながら、死を覚悟して歩いた人々の気持ちに思いを馳せる。

あるいは、だだっ広い空き地が広がっていて、遠くに家が並んでいるのが見える。空には雲が広がっている。草野球にぴったりだなと思っていると、キャプションは《野球場―終戦直前まで続けられた特攻出撃の基地の後、知覧》。するとそこに特攻隊の少年たちの悲壮な顔が浮かんでくる。

そんな感じで、中国の撫順やハルピン、瀋陽、あるいは韓国、台湾、旧ソ連といった場所で撮られた写真が続く。つまり、日本の侵略戦争の跡を追って、その現在を写す。あるいは坂口安吾や安倍公房などが使った眼鏡を使って、彼らの自筆原稿を拡大して見せる。

人間の過去をたどりながら、現在の地点から想像力を巡らせること。終盤には、福島の飯館村や、終戦記念日の靖国神社、皇居の新年一般の写真もあった。それらがひとつながりになって、日本の近代から現代までをマイナスの想像力で照射する。

会場には時々、妙な不吉な音がしている。効果音かと思ったら、最後の映像作品《暗なきところで逢えれば》についた音楽だった。中には画面が3つあって、雪の町に道路とオーロラと戦車が写っている。ここではあえて場所が示されていない。初めてどこだろうかと思いながら、会場を後にする。

私はハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」という言葉を、10月公開の映画『ハンナ・アーレント』で知った。彼女がナチスの強制収容所の責任者だったアイヒマンの裁判を傍聴して、この男に一切の悪の意識がなく、何とも平凡だったことを見て、名付けたものだ。米田の写真はその対極にある。つまり、平凡な風景に潜む悪に想像力を働かせる写真だ。9月23日まで開催。

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