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2013年10月 4日 (金)

19歳の映画『マイ・マザー』

グザビエ・ドラン監督が19歳の時に撮った11月9日公開の『マイ・マザー』を見た。この監督が23歳で撮った現在公開中の『私はロランス』の天才ぶりに驚き、最初の作品を見たくなったからだ。

映画を学んでいる私の学生なら、こんな映画を19歳で撮るなんて、と絶望に駆られそうなくらい才気煥発の映画だった。それでも正直に言うと、少しがっかりした。既に『私はロランス』で、この最初の長編ががさらに完成された形を見てしまったことが大きいかもしれない。

それより気になったのは題名だ。『マイ・マザー』の原題は、J'ai tue ma mere=「私は母を殺した」。確かにこの原題のままだと衝撃が強すぎるので、配給側は文章を省いてアルモドバルでも思わせるような題名にしたのだろう。私の中ではずっと「私は母を殺した」だった。

冒頭に白黒の映像が出てくる。主人公=監督が母についての愛憎を淡々と語る。その唇のアップから、目を伏せて語る美しい顔と髪。てっきり私は、これは殺人の後に刑務所か裁判所で語っているものかと思った。それから、母との日常が普通のカラーで描かれる。そうか、これから殺人へ向かうのかと思いながら見ていると、そんなに簡単ではなかった。

そのあたりの一筋縄ではいかないところも含めて、才能というべきだろう。母のすべてが嫌いだが、離れられない17歳のユベールの毎日は痛々しい。そのうえに、好きなのは同級生の青年アントナン。ある時、両親について文章を書くように課題を出した担任の女教師に「母は死んだので、叔母について書く」と告げる。それは母の知るところとなる。

時おり入るシュールなショットがすばらしい。棺桶の中の母親、台所の果物や料理のアップ。それからダンスパーティなどの華麗なスローモーションやコマ落とし。まるでウォン・カーウェイみたいだ。幼い頃の8ミリ映像もいい。そしてクリムトやポロックへのオマージュ。

ケレンミたっぷりだが、あくまで自然で身の丈に合った映像だ。母やアントナンの母親、女性教師など女たちの存在感の強さに比べて、別居している父親や寄宿学校の校長など、男たちは影が薄い。この監督はおそらくアルモドバルのような存在になっていくのではないか。

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