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2013年10月 6日 (日)

『祭の馬』の馬の気持ち

映画と馬は馴染みが深い。それこそ映画前史のマイブリッジによる馬の連続写真に始まって、数々の西部劇があり、『火の馬』のような前衛映画もある。しかし、11月の東京フィルメックスで上映されて、12月に劇場公開される松林要樹監督『祭の馬』の馬はちょっと違う。

それは何とも情けない馬だ。ミラーズ・スクエアという名前で競馬に4回出たが、一度も勝てず、食肉用として福島県南相馬町の業者に引き取られる。ところがそこに3.11の東北大震災が襲う。

映画は、震災後に避難命令が出て放置されて死んでしまった馬たちの写真から始まる。元ミラーズ・スクエアはかろうじて生き残ったが、男性器が腫れ上がっていた。映画はその馬を中心に、生き残った馬たちのその後を描く。

いったん県からは殺処分命令が出たが、馬主は抵抗し、市の馬事施設に入れられることになった。10月になると放牧が始まるが、放射能を含む草を食べてはいけないと中止に。運よく北海道の日高市が受け入れて、4カ月を草原で過ごす。

夏になって福島に帰り、相馬野馬追という夏祭りのイベントに参加させられる。侍の格好をした人間たちに引かれ、馬も無理やり衣装を身につけさせられる。本番は、どうにかそれらしい祭りになった。その場面に祭りを描いた昔の絵巻物が挿入されるが、何と似ていることか。

祭りが終わると、馬たちは鉄ゴテで焼印を押される。食肉に回されないようにという印らしい。そしてかつての南相馬町の馬小屋に戻ってゆく。ラストはそこに立ち尽くす馬の大きな目。

人間の都合であちこちに引きずり回されながら、それを引き受けて生きてゆく馬たちが、一度だけ抵抗したことがあった。北海道に着いて、車から降ろされた時だ。ひっくり返って駄々をこねるように、背中を地面にさすり、立とうとしなかった。

映画を見終わると、自分がまるで焼きゴテを当てられたような、痛みが体に残った。福島原発を考える視点がまた一つ増えた。

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