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2013年10月21日 (月)

東京国際映画祭は変わったのか:その(4)

昨日は午後から3本を見た。一番良かったのが、コンペのイタリア映画『ハッピー・イヤーズ』。ダニエレ・ルケッティ監督の新作だが、実を言うと全く期待していなかった。というのも、この監督は『イタリア不思議旅』(88)で鮮烈なデビューをした後、ほぼ一作ごとに悪くなったからだ。

ところが、最近になって『マイ・ブラザー』(07)など、少し上向いてきた。今回は、70年代の監督自身の少年時代を扱う自伝的なもので、キム・ロッシ・スチュアート演じる芸術家の父親に翻弄される家族を描く。ヒステリックな父親像を演じるキムがぴったりで(彼は『家の鍵』などこの役は何本もある)、母親や子供たちとの微妙な関係がうまい。70年代当時の前衛美術への皮肉たっぷりの描き方も楽しめた。

不満な点もいくつかある。70年代と言えばイタリアは「鉛の時代」なのに、赤い旅団などの影がゼロで、題名通り幸福そのものなこと、最後に芸術家が評価された作品をきちんと見せないこと、母親のレズが抽象的にしか描かれないこと等々。

次に良かったのが「アジアの未来」の『起爆』。韓国のキム・ジョフン監督の初長編で、小さい時から爆弾作りが趣味の大学の助手を描く。彼は変な学生に近づいて爆弾の実行犯にしようとするが、逆に騒動に巻き込まれる。プロットはおもしろいが、展開が今一つ。それでも十分に楽しめた。

一番がっかりしたのは、コンペの榊英雄監督『捨てがたき人々』。希望を失って故郷の長崎の五島にやってきた男(大森南朋)が、自堕落な生活を送るさまを描く。その自分勝手でマッチョな生き方の肯定は、80年代のATG末期の映画を思い出させるくらい古めかしかった。

これがコンペなんてと次の映画で近くにいた読売の恩田記者に話すと、激しく同意していた(と思う)。ところが後で朝日の石飛記者に会うと、すばらしかったという。読売の近藤記者も同じ意見らしい。困った。というわけで、賛否両論の映画になった。

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コメント

朝日・石飛です。「捨てがたき人々」の評価が分かれるのは、この映画が主人公の生き方を肯定していると見るかどうか、が大きいのではないでしょうか。私には、全く肯定しているようには見えませんでした。むしろ哀れみをもって冷徹に描かれているように思えました。つまり、作り手には、彼の優等生の息子の視点を感じました。主人公は欲望を理性を抑えることをやめてしまったモンスターであり、自分より弱そうな者を支配することでしか、生きている意味を実感できない。そんな主人公を見て、男性観客は己の理性の下に抑え込んでいる欲望に改めて向き合わせられるのではないか。一方で、女性たちも男性の支配に耐えているうちに、いつのまにかしたたかに堕落してしまっている。登場人物のすべてがダメ人間。のどかで美しい地方の風景の中で、過疎化のために人間関係が濃くなりすぎた地方の病理を対照的に映し出してると思えました。

投稿: 石飛徳樹 | 2013年10月21日 (月) 10時10分

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