« 『祭の馬』の馬の気持ち | トップページ | サウジアラビアの映画に涙する »

2013年10月 7日 (月)

昔の人は偉かった:「竹内栖鳳展」

私は常々、昔の人は偉かった、と思う。漱石の文学も、小津の映画も、今ではとても作れない。明治、大正生まれの日本人の精神性の高さに、昭和生まれは絶対かなわない。東京国立近代美術館で14日まで開催中の「竹内栖鳳展」を見て、改めてそう思った。

竹内栖鳳は1864年生まれだから明治の少し前に生まれ、1944年に亡くなっている。だから最盛期は明治、大正だろう。

それは、展覧会の最初に飾ってある10代の作品から既に天才的だ。墨と淡彩で描かれた芙蓉の花は、そのかすれ具合と言い、シンプルさといい、言いようもない気品が漂っている。あちこちの写生帖が広げて展示してあるが、虫や鳥の一つ一つが、図鑑のように正確に描かれている。

中盤から溜息の出そうな動物の絵がどんどん出てくる。狐、獅子、虎、象、小鳥、猿、兎。冗談のように大きな熊の絵もある。そして傑作はチラシの表紙にも使われている山種美術館の《班猫》(1924年)。ふさふさと手に取った感触まで伝わりそうな猫の毛とじっとこちらを見る青い瞳。これは山種美術館でも見たと思うが、何度見ても見飽きない。

昭和になったあたりからは、色が増え、軽みのある楽しい絵が増えてくる。還暦を過ぎて、孫と遊びながら描いたような感じか。それでも、魚や兎や虎のリアルな物質感を保ちながら、象徴的表現に昇華した作品群には、最後まで目が離せなかった。

この画家は1900年のパリ万博に出かけて、欧州各地を巡回している。パネルには、それ以降彼の画風に西洋的な要素が加わったと書かれている。約半年の欧州滞在が、このあまりに日本的な画家にどんな影響を与えたのか、もっと知りたいと思う。

とにかく、昔の人は偉かった。日頃今の大学生を見ながら、日本人はダメになったと思う日々だが、昔の人に比べたら、私も大学生も同じようなものだろう。

|

« 『祭の馬』の馬の気持ち | トップページ | サウジアラビアの映画に涙する »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/58336424

この記事へのトラックバック一覧です: 昔の人は偉かった:「竹内栖鳳展」:

« 『祭の馬』の馬の気持ち | トップページ | サウジアラビアの映画に涙する »