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2013年10月19日 (土)

東京国際映画祭は変わったのか:その(2)

最近は少なくなったが、カンヌなどの国際映画祭では、つまらないと思ったらすぐに席を立つ批評家がいる。昨日見たコンペの2本は、個人的には何度も席を立ちたくなったが、ここは日本なので最後まで見た。1本はトルコ出身のレハ・エルダム監督『歌う女たち』。

地震が予知されて退去命令が出ている島という舞台設定は、いかにもおもしろそうだ。大半の島民は去り、残るのは疫病にかかった馬たちか、世間を気にしない人々のみで、その終末論的世界は東北大震災をも思わせる。

中心となるのは、妻に逃げられて病気になった息子とその父親、そしてメイドと彼女が拾ってくる若い娘だ。息子を診察する医師は、若い娘に求婚して受け入れられるが、彼女の元夫が現れる。メイドと娘と息子の元妻の3人は、森で歌を歌う。

全体がいかにも隠喩やシンボルに溢れたもったいぶった演出で、過剰な音楽もあって乗れなかった。そのうえ展開は単調で、121分は長い。もちろん国際映画祭だから、こういう芸術的野心溢れる作品はあってもいいが。

スウェーデンのルーカス・ムーディソン監督の『ウィ・アー・ザ・ベスト!』は、逆に芸術的野心のない分、ずいぶんたわいのない映画だった。髪を短くした13歳の少女3人組がパンクロックを始めて、周囲の反発を押しのけて少しずつ成長してゆくさまはかわいいが、最後までその調子だった。ボーイッシュは少女が好きな人にはいいかもしれない。

それらに比べたら、「アジアの未来」部門の中国映画『今日から明日へ』の方がずっと見ごたえがあった。ヤン・フイロン監督の1本目の長編で、北京で大学卒なのに定職の見つからない現代の男女3人の彷徨を描く。3人が街を走ってゆく最初のショットからひきつけられた。

2人の男が、ファッションデザイナーを目指す女性が作った服をマネキンごと持ち歩いて売り込みさまが、何ともいい。その倦怠感はちょうど1970年代の日本を思わせたが(井上陽水の世界?)、若者が抱える問題を誠実に描こうとする態度はいつの時代も好感が持てる。この監督の今後が楽しみ。

自宅と六本木と大学を往復する日々は、まだまだ始まったばかり。ああ、きついなあ。

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