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2013年10月30日 (水)

『私のマルクス』に見る佐藤優の学生時代

佐藤優の本を最初に読んだのは、『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(05)が最初だろうか。鈴木宗男事件で逮捕された経緯を書いたものだが、その思考力の強さに圧倒された。それから、『獄中記』(06)とかいくつかの本を読んだ。

彼の『私のマルクス』の文庫版を買ったのは、先日羽田で熊本行きの飛行機を待っていた時だ。パラパラとめくって、彼のマルクス論ではなく彼が学生時代のことを書いている本だとわかって買った。

どうも私はこうした自分語りの本が好きだ。「本当のことを言おうか」と、これまで黙っていた過去のことを語りだす本を見ると読みたくなる。常々、佐藤優の驚異的な教養と知性はどこから来たのだろうかと思っていたので、ぴったりの本だった。

佐藤は浦和高校から同志社大学神学部に進む。1960年生まれなので私と同世代のはずだが、学生時代の様子があまりにも私が送った時代とあまりにも違う。神学部自治会に属して、民青や中核派と戦いながら、マルクスやカール・バルトを読み進め、先生と議論し合う姿はとても自分の学生時代からはほど遠い。

「私のマルクス」というタイトルは、佐藤にとってのマルクスがあくまでキリスト教研究に結び付けられていることを示す。そしてこの本を読むうちに、マルクスの疎外論がかなりキリスト教に根ざしたものであるように見えてくる。

一番羨ましく思ったのは、大学の先生たちが真剣勝負で彼に向き合っていることだ。彼にドイツ語やロシア語の本を薦め、佐藤が修士論文を書くことになるチェコの神学者フロマートカを読むことを促す。

私自身、大学時代多くの本を読んだが、そのような先生と巡り合うことがなかった。佐藤のように読書会もやったが、あくまでそれは当時流行っていた浅田彰や中沢新一の本に出てくる本を読むだけだった。独学で勝手に理解して、友人たちと適当な結論をつけて自己満足に耽っていた気がする。それが役に立ったかどうかはわからない。

振り返って、今の自分がどれだけ学生と向き合っているかを考える。年を取ったせいか、何を見ても何を読んでも自分のことを考えるようになった。

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