小津没後50年:その(2)
雑誌『ユリイカ』の臨時増刊号「総特集 小津安二郎」を電車の中で読んでいたら、おもしろ過ぎてあやうく乗り過ごしそうになった。この10年ほどの間に小津について書いたり発言した人々が書いているが、まさに呉越同舟という言葉がピッタリの陣容。
全体を読むと、筆者の全員が遮二無二「自分の解釈」を提案しているように見える。日本の家族を描いた日本的な監督という一般的なイメージに全員が抗いながら。場合によっては、ある種の解釈を切って捨てる。一番喧嘩腰なのが、四方田犬彦氏。彼は途中から小津を論じる者を非難する。
「小津を論じる少なからぬ者たちは、海外において初めて小津を発見する」「奇妙なことに小津を論じたがるのは、大部分がパリに留学した手合いである」
「それでは日本から一歩も出ないで小津ばかりを見ている者は何をするか。彼らはただゴシップに耽溺する」
「だがそれにしても、小津はどうして、いとも簡単にノスタルジアの対象とされてしまうのか」「この答えは簡単で、小津映画がいささかも現実の日本を表象していないからである」
もちろんここで仮想敵とされているのは、蓮實重彦氏とそれに連なる仏文学者系の評論家たちだ。小津の映画が現実を反映していないというのはある部分理解できるが、パリに留学した者のみが小津を見てノスタルジアに浸るというのは、あまり論理的には思えない。
もう1人蓮實氏を批判しているのは、長谷正人氏。こちらはきちんと蓮實氏の名前を出しながら、紳士的に反論をしている。彼の文章がおもしろいのは、80年代前後に小津の評価が急に上がりだしたという部分。
蓮實重彦氏の『監督 小津安二郎』(83)を頂点にして、小津映画の形式への評価が高まる。長谷氏はそこで抜け落ちたのが内容の問題だとして、小津の戦後の映画が、GHQ的な戦後民主主義をことごとく無視したものだと書く。これは四方田氏が、『東京物語』がGHQの去った銀座を描いたという指摘とも呼応する。
では蓮實氏は何を書いているか。彼は文章ではなく、青山真治監督と対談をしている。その過激な中身については後日書く。それにしても、いつから映画好きは小津をめぐってこんなにヒステリックになったのだろうか。
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