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2013年11月18日 (月)

フィルムセンターの2本

少し前にフィルムセンターで見た、東宝のトーキー初期の2本について忘れないうちに書いておきたい。1本は村山知義監督の『戀愛の責任』(1936)。村山知義と言えば前衛芸術家として名高く、昨年は大きな回顧展も開かれた。

展覧会で見たのは、絵画、舞台演出、ダンス、舞台美術、ポスターのデザインといった仕事だった。共通するのは、ロシアアヴァンギャルド風の構成だったが、これが映画でどうなるか楽しみだった。

ところが『戀愛の責任』は、まるでアメリカの『或る夜の出来事』(34)を真似て作ったような、没落家族の姉妹のわがままな恋愛コメディだった。映画は、夜の街をさっそうと歩く堤眞佐子から始まる。「首都ホテル」に入り、部屋から姉や叔父に電話して金を持ってこいと言う。

村山らしいと言えば、カメラはダンスパーティを斜めに撮ったり、「ミヤコアパート」にいる男女を真上から撮ったりするところか。やたらにカメラが移動する。しかしそれよりも、無茶な金持ち娘の恋愛を敢えてバカバカしく描くことに力が入っている。

驚いたのはホテルで堤がシャワーを浴びるシーンで、腕や肩が写っていたこと。日本映画で裸体が出たのは、まさかこれが初めてではないだろうが。もう一つは銀座のロケで、当時の銀座を歩く人々が本当にお洒落だったことだ。

話は堤と彼女を可愛がる叔父(大川平八郎)及びその彼女、そして堤の姉役の細川ちか子と彼女を好きな実業家などがこんがらがって、わかりにくい。最後は堤が希望を持って歩いてゆくアップで終わり。やはり村山にはこうした映画よりも、前衛的なものを撮って欲しかった。

『あきれた連中』(36)は東宝の前身、PCLと吉本興業の第一回提携作品。いわゆる「エンタツ・アチャコ」の漫才を固定カメラでえんえんと見せてくれる。そのボケとツッコミぶりは、今の吉本の漫才と基本的には変わっていないことがわかって興味深かった。シルクハットをかぶったり、ボクシングをしたりとチャップリンの影響は明らか。

2本とも傑作ではないが、それでも古い映画はおもしろい。

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