« メニュー偽装に思う | トップページ | クーデルカの写真の旅 »

2013年11月 9日 (土)

映画人としての菊池寛

昔は大学院で映画を学んでも、博士論文は書かない人が多かった。それでもいつの間にか教授になっている人が多い。私の場合は紆余曲折があったとはいえ、大きく言うとまさに「いつの間にか」の方なので、人のことは言えない。

ところが最近は博士課程に進学する人も増えて、みんなどんどん博士論文を書く。そしてそれが本になる場合も多い。おおむね5000円とか6000円代で売っている、ぶ厚い映画の本がそれだ。

この夏に読んだ本の一つがその類で、志村三代子著の『映画人・菊池寛』。正確に言うと、トロントに行く前にパラパラと眺めていたらおもしろそうなので、そのまま飛行機に持って行った。昔は映画の論文というと、とても一般の人が読めるものではなかったが、この本は内容も文体も読みやすかった。

菊池寛と言えば、戯曲『父帰る』などを書いた小説家だが、むしろ文芸春秋社を作って初代社長となり、芥川賞や直木賞を創設した人物として名高い。この本は、実は彼が映画の分野でも大きな活躍をしていました、というもの。確かに彼は、戦時体制で作られた大日本映画製作株式会社(戦後の大映)の社長もしていたので、前から気になってはいた。

この本を読んでわかったのは、1920年代半ばから敗戦までの約20年間にわたって、膨大な数の小説を映画に提供したことである。この本によれば彼の原作から作られた映画は102本。年に5本の割合で、そんな小説家は空前絶後だろう。当時それらに映画は「菊池もの」とこう呼ばれて、ヒットの代名詞だったらしい。

この本はその軌跡をつぶさに追う。菊池は川端康成や横光利一に新聞小説の代作を頼み、あるいは若手の無名作家にも代筆料を払って書かせたという。あるいは文芸春秋社で雑誌『映画時代』を出し、社内に「映画製作プロダクション」を作っていた。著者はこの様子を「工房」と呼ぶ。ルーベンスなどの宮廷画家が弟子を使って描かせたシステムをこう言うが、確かにそれに近い。

具体的にはこの本を読んでもらうしかないが、溝口健二が監督した『東京行進曲』(1929)は、日本一の雑誌『キング』に連載され、争奪戦の末日活が映画化権を獲得し、公開前に映画小唄「東京行進曲」のレコード千枚をカフェーに配布した、といった記述は抜群におもしろい。

原作を人気小説に求め、メディアミックスをして盛り上げるやり方は、今に始まったことではないことが、この本を読むとよくわかる。400ページ近い力作だが、この種の本にしては税抜2800円と高くない。

|

« メニュー偽装に思う | トップページ | クーデルカの写真の旅 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/58540974

この記事へのトラックバック一覧です: 映画人としての菊池寛:

« メニュー偽装に思う | トップページ | クーデルカの写真の旅 »