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2013年12月 4日 (水)

藤圭子の息吹き

最近、一番するすると読めた本が、沢木耕太郎著『流星ひとつ』。今年の8月に亡くなった藤圭子の28歳の時のインタビューを沢木耕太郎が初めて本にしたもので、藤圭子の息吹のようなものが直接伝わってきてドキドキした。

このインタビューは1979年秋のもので、引退宣言の頃。沢木も32歳と若い。いっさい地の文を交えず、会話だけで成り立つノンフィクションだが、本人の了解を得られたにもかかわらず沢木は迷った末に、出版をしなかった。それを彼女が亡くなったのをきっかけに、34年の歳月を経て緊急出版したという。

2人とも若いせいか、友達のような感じで脈絡のない話がえんえんと続く。そして本音がポロリと出る。

「あたしの歌を怨みの歌だとか、怨歌だとか、いろいろ言っていたけど、あたしにはまるで関係なかったよ。あたしはただ歌っていただけ」
「そこに、あなたの思い、みたいなものはこもっていなかった?」
「全然、少しも」

1970年の「圭子の夢は夜開く」という歌は小学生だった私にも強烈だった。自分が知らない「大人の世界」が待ち受けているのだと思うと、妙に怖かった。それが何も考えていなかったとは。

歌手を辞める理由を聞かれて「あたしは、やっぱりあたしの頂に一度は登ってしまったんだと思うんだよね。ほんの短い期間に駆け上ってしまったように思えるんだ。……歌の世界では、ね。頂上に登ってしまった人は、二つしかその頂上から降りる方法はない。ひとつは、転げ落ちる。ひとつは、ほかの頂上に跳び移る」

そして彼女はハワイに行くという。

「ハワイでどうするの?」
「勉強したいんだ」
……
「みんなには少しのんびりしたいから、と言ってあるんだけど、ほんとは英語の勉強したいんだ。でもそんなこと、人には言えないでしょ、恥ずかしくて」

読んでいると2人がどんどん近づいてゆくのがわかる。思わずできてしまうのではないかと思うほど、2人とも本音で語る。インタビューというのは、こういうやり方もあるのだと思った。

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