« 『スノーピアサー』の怪力ぶり | トップページ | 「新聞の映画評」評:年末回顧 »

2013年12月28日 (土)

『ある精肉店のはなし』に学ぶこと

試写もなくなった年末の空いた時間に、纐纈(はなぶさ)あや監督のドキュメンタリー映画『ある精肉店のはなし』を東中野で見た。ある映画記者から、映画評に取り上げたかったのにできなかった悔しさを聞いた記憶がふいに蘇ったから。

冒頭、男は牛舎から牛を連れ出し、歩いて屠畜場まで連れてゆく。そして突然ハンマーが牛の眉間に振り降ろされて、一発で倒れる。それから4人が手分けしててきぱきと解体し、いわゆる肉の形になってゆく。

描かれているのは、「肉の北出」と看板のかかった大阪の肉屋の、北出家の人々だが、ただの肉屋ではない。肉屋の横には牛舎があり、そこで自ら牛を育てた後に殺し、解体して販売する。

ふだんスーパーで肉を買う私は、まだ現代にこういう肉屋があることに驚いた。その家族が、みんないい感じだ。中心となる長男とその妻、そして最近は牛革で太鼓を作ることに熱心な次男。あるいは彼らの母。江戸時代から7代続いたというが、彼らの言葉はまるで哲学者のように深く、その表情は魅力的だ。

「人間は生きるために動物の命をいただいていることを知らないといけない」「おいしかったとお客さんに言われると牛も喜んでいる」

現代社会において仕事は細分化され、一体自分が何をしているのかさえわからなくなる場合が多い。人間が食べる肉を自ら育て、殺して人食べられる形にして提供するという仕事を通じて、北出家の人々は人間の営みの根源に毎日触れている。それが彼らをかくも魅力的な存在にしたのだろう。彼らの子供さえも、みな聡明に見えた。

もちろん、被差別部落に育ったことも、その考え方に影響を与えるだろう。その地区の祭のシーンなどを見ても、人々に暗い感じは全くなく、むしろ自分たちの生まれを誇りに思っているように思えた。

後半、120年続いた近くの屠畜場が廃止になり、北出家は牛舎を解体する。それと息子の結婚式が重なって映画はある時代の終焉を告げるように終わる。

終わってクレジットを見ていたら、この映画の製作がポレポレ東中野だった。牛を育てて売るまでやる肉屋と同じく、この映画館も映画を作って見せるところまでやっているのかと思った。

家に帰って冷蔵庫にある肉の塊を見たら、急に厳粛な気分になった。人間らしく生きてゆくために、年末に見るにふさわしい映画。

|

« 『スノーピアサー』の怪力ぶり | トップページ | 「新聞の映画評」評:年末回顧 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/58830895

この記事へのトラックバック一覧です: 『ある精肉店のはなし』に学ぶこと:

« 『スノーピアサー』の怪力ぶり | トップページ | 「新聞の映画評」評:年末回顧 »