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2013年12月15日 (日)

また映画祭をやってるのと言われて:その(1)

私のゼミ学生主催の映画祭「監督、映画は学べますか?」が、昨日始まった。実を言うと学生の映画祭は今年で3年目だが、「また映画祭をやってるの」と言われることが多い。「いえ、やっているのは学生です」と答えているが。

昔、映画祭ばかりやっていた。正確に言うと、美術展の企画を本業としながら、余った時間とお金を使って毎年2つも3つも映画祭をやっていた。最初が1992年の「レンフィルム祭」で、最後が2007年の「イタリア映画祭2007」だから、15年もやっていたことになる。

そんな時、一番気になるのは客の入りだ。いくら新聞を使って広報しても、客が来ないものは来ない。赤字になると「もうやめろ」と言われるから、気が気ではない。いつも胸が痛くなる思いだった。

だからその部署を離れた時は、解放感があった。もうお金のことを考えなくてすむ、と思ったら、天国にいるような気分になったことを覚えている。

5年近く前に大学に移ったら、もっと楽になったと思った。上司がいない!実際は、大学特有の雑務が多く、想像ほどでもなかったが、それでも自由な時間は多い。試写に行く回数も増えてゴキゲンだった。

ところが3年目になって、学生に映画祭をやらせてみたら、これが存外に楽しかった。正確に言うと、盛り上がって楽しんでいるのは学生達だったが、それをやらせて見ているのが快かった。

ところがつい自分で「いらっしゃいませ」をやってしまう。体にその習慣が染みついているようだ。混雑時の誘導など、学生に指示するよりも、自分でやってみせた方が早いということもあるが、何より体が先に動く。裏方の感覚が蘇った感じか。

映画は、ただ見るだけと見せる側に立つのでは、全く違って見える。見せる作品がすべて、何らかの価値のあるものに見えてくる。それとは別に、集客の観点から見るようになる。観客の話し声に耳を澄まし、反応を探る。来てくれた友人にお礼を言いながら、正直な感想を聞く。50を過ぎて、再びそんな感じを味わっている。

それから、昨日会った映画関係者から「朝日に記事をゴリ押ししたでしょう」と言われたが、これは誤解。一昨日の朝日の朝刊東京版に写真入りの大きな紹介記事が載り、同じ日の夕刊文化面にも記事が載ったからだが、これは私のゴリ押しでどうなるものではない。そのあたりは、新聞社にいないとわからないのかも。

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